〇性格
外向的・行動的。
やや悲観的な考え、言葉遣いをするが、ウイットに富んだ人当たりのいい人物。
長身もあいまって威圧感はあるが、誰であっても分け隔てなく会話をする人格者。
暴力での解決は好まず、話し合いを良しとする。
思慮深く(勤勉であり)、
機知に富み(礼節を弁え)、
道徳を知る(社会秩序を重んじる)。
〇人物
人々の迷いを聞き、これを解決する事を自身の役割と考える。
時に冷徹な態度・言葉を口にするが、それは相手を軽んじての事ではなく、真剣に向き合っての事である。
しかし、どれほど聖人としての資質を持ち、人生をそのように過ごしても、彼の心は常に満たされなかった。
平和の意味も、幸福の価値も知っている。
隣人に向ける敬いも、隣人に与える尊さも知っている。
だが、彼には『生の実感』がなかった。
どれほど鍛錬を積もうと、どれほど神学を学ぼうと、自身が満たされる事はなかった。
彼が満たされるのは善行によってではなかった。
人々の苦悩。未練。諍い。
そういったものと相対した時───人々の悪性の沼を掻き分け、淀みのただ中にいる時、彼の心は歓びを感じていた。
それは成長過程で育まれた性質ではなく、生まれつき与えられた聖痕だった。
人々の苦悩が糧になる。
世界が曇るほど満たされる。
つまり、生まれながらにして、善良なる人々にとっての悪である。
十代の頃は自らの性質を理解し、苦悩した。
二十代の頃はその事実を否定し、克服するため、多くの苦行、試練の中に身を置いた。
そして現在。
一つの指針のもと、彼は自らの人生の使い途を定めた。
◆
表向きは熱心な宗教家であり、穏やかな神父。
裏向きは苛烈な求道者であり、冷徹な思想家。
多くの瑕、多くの挫折、多くの結末を経て、
その男は自らの在り方に辿り着いた。
“悪として定められた者が生まれる意味”
“どのような命であれ、誕生するものを祝福する”
真の悪を成すために生まれる生命があるのなら。
その生命は死の間際、
自らの行いを『善し』と叫ぶのか『悪し』と嘆くのか。
その答えを、知るために。
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