キングマンボ のバックアップ(No.1)


エルコンドルパサーキングカメハメハの父

キングマンボ(Kingmambo)は、アメリカ育ち・フランス調教の競走馬・種牡馬である。

1999年に米国競馬殿堂に選出された牝馬ミエスク(Miesque)を母に持ち、1963年無敗の2歳チャンピオン・レイズアネイティヴ(Raise a Native)の後継ミスタープロスペクター(Mr. Prospector)を父に持つ。

キングマンボはアメリカ生まれだが、オーナーであるギリシャ海運王スタブロス・ニアルコスの所有で主にフランスとイギリスのレースに参戦した。

 

1992年、メゾン・ラフィット競馬場の6ハロン(約1,200メートル)レースに優勝した後、フランスのサラマンドル賞(GⅠ)、トーマス・ブライオン賞、カブール賞(GⅢ)で2位となった。

 

1993年はジェベル賞(GⅢ)にて、サラマンドル賞で先着を許した前年のヨーロッパ2歳チャンピオン・ザフォニック(Zafonic)を競り落とし、さらにフランス2000ギニー、ムーラン・ド・ロンシャン賞、イギリスのセントジェイムズパレスステークスと三つのGⅠを制した。

 

引退後は故郷アメリカに帰り、ケンタッキー州レキシントンにあるレーンズエンドファームで種牡馬として供用された。

前述した超良血馬であることに加えてその競走成績からミスタープロスペクターの後継種牡馬の一頭として期待された中、初年度産駒からジャパンカップ、サンクルー大賞優勝などクラシックディスタンスで活躍したエルコンドルパサー(El Condor Pasa)を出して高い評価を受け、幸先の良いスタートを切った。

その後も順調にレモンドロップキッド(Lemon Drop Kid)やアルカセット(Alkaased)、ディヴァインプロポーションズ(Divine Proportions)、キングカメハメハなどのGI優勝馬を送り出した。

 

産駒の活躍を受けて種付け料は年々上昇し、2009年度は25万ドルに設定されていた。2010年度はシンジケート内のプライベート種牡馬となり、金額は公表されていない。

 

しかし首の持病が悪化して思うように種付けができなくなり、2009年は誕生した産駒が1頭のみ、2010年は1頭と交配されたが受胎しなかった。

このため当年限りで種牡馬を引退することになった。2016年1月20日、老衰のため安楽死の措置が採られた。

 

血統関係

ミエスク(Miesque 牝 1984 父:ヌレイエフ(Nureyev))

キングマンボ(Kingmambo 牡 1990 父:ミスタープロスペクター(Mr. Prospector))

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