GⅠレース/有馬記念

Last-modified: Wed, 31 Dec 2025 03:42:09 JST (59d)
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有馬記念は、日本中央競馬会(JRA)が中山競馬場で実施する中央競馬の重賞競走(GI)である。

なお、「ウマ娘」の世界では「馬」の字の造りが異なる(「灬」の部分が「ハ」となっていて、四足歩行である「馬」に対して、二足歩行となった「ウマ娘」を表す造字である)。

 

歴史と概要

1955年(昭和30年)まで、暮れの中山競馬場では「中山大障害」が最大の呼び物であった。しかし東京優駿(日本ダービー)などと比べ華やかさに欠けていた。

 

このため、中山競馬場の新スタンド竣工を機に当時の日本中央競馬会理事長であった有馬頼寧(ありま よりやす)が「暮れの中山競馬場で日本ダービーに匹敵する大レースを」と提案。当時としては他に類を見ないファン投票で出走馬を選出する方式が採用され、1956年(昭和31年)に「中山グランプリ」の名称で創設された。

 

ファン投票による出場者の選定という方式は、野球の「オールスターゲーム」から着想を得たとされ、これは頼寧が戦前にプロ野球・東京セネタースのオーナーを務めていた経験から、予てより温めていた腹案であった。

従来の中山では中山大障害と皐月賞が二大競走だったが、同じ関東の主要場であり、東京優駿(日本ダービー)、天皇賞(秋)、優駿牝馬(オークス)という大競走を抱える東京競馬場に比して格が落ちるという意識が中山の関係者間にもあり、この案は好意的に迎えられた。

さらにこの競走には、4歳クラシック競走を走り終えた4歳馬と、古馬(5歳以上馬)の最大目標である天皇賞(秋)を終えた馬がぶつかる日本一決定戦という大きな要素も加えられることとなった。

 

第1回の競走名は「中山グランプリ」とされた。フランスには「パリ大賞(Grand Prix de Paris)」という名の大競走があったものの、日本において「グランプリ」という語は、黒澤明監督の映画『羅生門』が1951年(昭和26年)にヴェネツィア国際映画祭の最高賞(グランプリ)を受賞してから巷間に広まったために当時は映画絡みの言葉という感が強く、競馬の競走名として適当でないとの見方もあった。

このため、「中山グランプリ」はあくまでも仮の名称として、第1回競走の投票用紙には競走名の案を書く欄も設けられた。競走名案には3812通が寄せられ、中山グランプリのほかに中山(大)賞典(記念)、(中山)王冠(賞)、(中山)栄冠(賞)、(中山)クラウン(賞)といったものがあった。

しかし妙案がないということで競走名は「中山グランプリ」のまま据え置かれ、1956年(昭和31年)12月23日、新スタンドを備えた中山競馬場において第1回競走が行われた。出走12頭のうち、天皇賞の優勝馬が3頭、クラシック競走の優勝馬が4頭と当時の強豪が一堂に会し、中山では1万人入れば大入りといわれた時代にあって、当日の入場者は2万7801人という盛況であった。

 

しかし、第1回の興奮も冷めやらぬ1957年(昭和32年)1月9日に創設者の有馬が急逝したことを受け、第2回からは有馬の功績を称えて「有馬記念(第○○回グランプリ)」に改称。以来、中央競馬の一年を締めくくるレースとして定着した。施行場は創設時より中山競馬場で変わっておらず、施行時期も12月下旬で定着している。

その後、有馬記念は日本競馬の根幹競走のひとつとして定着。また、勝馬投票券の売上は日本一を誇る競走となり、1996年(平成8年)度には世界の競馬史上最高額となる875億円を売り上げ、ギネス世界記録に認定登録された。有馬記念は競馬界のみならず日本の年末の風物詩として、社会的な認知を得るに至っている。

 

地方競馬所属馬は1995年(平成7年)から出走が可能になった。外国馬は2000年(平成12年)から2006年(平成18年)まで、当該年度のジャパンカップを優勝した馬のみに出走資格が与えられていた。2007年(平成19年)からは国際競走となり、外国馬の出走枠も6頭に増やされた。

 

現在では距離別の競走体系が整備され、同じ12月に香港国際競走が行われることもあり外国調教馬の遠征やスプリント・マイル戦線での活躍馬の出走は少なくなったものの、2019年の第64回には合計11頭のGI級競走優勝馬が出走するなど、日本国内での3歳馬・古馬混合中長距離競走としてはトップクラスの競走としてその地位を確立している。

 

ただ、年々香港国際競走(特に同距離に近い香港カップ・香港ヴァーズ)への出走馬の流出が相次いでいること、日本国外においても、サウジカップ(1000万USドル)、ドバイワールドカップ(696万USドル)、凱旋門賞(285万7000ユーロ)などに代表される世界最高賞金額のレースが増えてきており、「海外の主要競走に対する競争力を高める」目的で、長らく3億円であった優勝本賞金は2022年の第67回に4億円、翌2023年の第68回からは5億円(いずれもジャパンカップと同額)に増額された。

 

1979年までは年度により、その年の最終開催週の一つ手前の週に行われることもあったが、1980年以後12月23日が当時の平成時代の天皇誕生日の祝祭日であったことによる曜日配列により2012年・2013年のみ、祝祭日(振替休日)を含めた3日間連続開催の中日の日曜日に開催され、1年の最後の重賞でなかった年もあるが、原則として長らく中央競馬の年度最終開催を飾るGI競走として12月の最終開催日の施行が定着していた。

 

その後2017年(平成29年)に「ホープフルステークス」がGIに昇格されると、こちらが最終開催日に組まれるようになった。その後は開催日程により有馬記念が開催最終日となる年もあるが、年内最後のGI競走としては固定されなくなった。

 

また、この有馬記念開催日、あるいは1年の最終日にホープフルステークスが開催される場合の開催各競馬場では1年の締め括りを象徴するタイトルを使用した特別競走がいくつか行われている。

 

なお、この時期は冬至の候と重なるため、日没時間を考慮して、当競走を含む12月開催の中山でのGI競走は、原則として15時30分前後までに発走していたが、2023年は照明設備の拡充に伴い、他の季節のGI競走と同じ、15時40分発走となった。

 

歴代優勝馬

開催地は中山競馬場で変わらないため表記を省略。

競走名も第1回が「中山グランプリ」で、第2回以降は「有馬記念」で変わらないため表記を省略。

回数施行年距離優勝馬性齢タイム
第1回19562600mメイヂヒカリ牡52:43 1/5
第2回1957ハクチカラ牡52:49 0/5
第3回1958オンワードゼア牡52:49 1/5
第4回1959ガーネツト牝52:50.9
第5回1960スターロツチ牝42:44.5
第6回1961ホマレボシ牡52:40.8
第7回1962オンスロート牡62:44.4
第8回1963リユウフオーレル牡52:42.5
第9回1964ヤマトキヨウダイ牡52:45.1
第10回1965シンザン牡52:47.2
第11回19662500mコレヒデ牡52:37.0
第12回1967カブトシロー牡62:39.7
第13回1968リュウズキ牡52:46.2
第14回1969スピードシンボリ牡72:35.1
第15回1970スピードシンボリ牡82:35.7
第16回1971トウメイ牝62:36.0
第17回1972イシノヒカル牡42:38.5
第18回1973ストロングエイト牡52:36.4
第19回1974タニノチカラ牡62:35.9
第20回1975イシノアラシ牡42:38.1
第21回1976トウショウボーイ牡42:34.0
第22回1977テンポイント牡52:35.4
第23回1978カネミノブ牡52:33.4
第24回1979グリーングラス牡72:35.4
第25回1980ホウヨウボーイ牡62:33.7
第26回1981アンバーシャダイ牡52:35.5
第27回1982ヒカリデュール牡62:36.7
第28回1983リードホーユー牡42:34.0
第29回1984シンボリルドルフ牡42:32.8
第30回1985シンボリルドルフ牡52:33.1
第31回1986ダイナガリバー牡42:34.0
第32回1987メジロデュレン牡52:33.9
第33回1988オグリキャップ牡42:33.9
第34回1989イナリワン牡62:31.7
第35回1990オグリキャップ牡62:34.2
第36回1991ダイユウサク牡72:30.6
第37回1992メジロパーマー牡62:33.5
第38回1993トウカイテイオー牡62:30.9
第39回1994ナリタブライアン牡42:32.2
第40回1995マヤノトップガン牡42:33.6
第41回1996サクラローレル牡62:33.8
第42回1997シルクジャスティス牡42:34.8
第43回1998グラスワンダー牡42:32.1
第44回1999グラスワンダー牡52:37.2
第45回2000テイエムオペラオー牡42:34.1
第46回2001マンハッタンカフェ牡32:33.1
第47回2002シンボリクリスエス牡32:32.6
第48回2003シンボリクリスエス牡42:30.5
第49回2004ゼンノロブロイ牡42:29.5
第50回2005ハーツクライ牡42:31.9
第51回2006ディープインパクト牡42:31.9
第52回2007マツリダゴッホ牡42:33.6
第53回2008ダイワスカーレット牝42:31.5
第54回2009ドリームジャーニー牡52:30.0
第55回2010ヴィクトワールピサ牡32:32.6
第56回2011オルフェーヴル牡32:36.0
第57回2012ゴールドシップ牡32:31.9
第58回2013オルフェーヴル牡52:32.3
第59回2014ジェンティルドンナ牝52:35.3
第60回2015ゴールドアクター牡42:33.0
第61回2016サトノダイヤモンド牡32:32.6
第62回2017キタサンブラック牡52:33.8
第63回2018ブラストワンピース牡32:32.2
第64回2019リスグラシュー牝52:30.5
第65回2020クロノジェネシス牝42:35.0
第66回2021エフフォーリア牡32:32.0
第67回2022イクイノックス牡32:32.4
第68回2023ドウデュース牡42:30.9
第69回2024レガレイラ牝32:31.8
第70回2025ミュージアムマイル牡32:31.5
 

歴代ファン投票1位獲得馬

回数開催年馬名性齢着順
第1回1956キタノオー牡42着
第2回1957ハクチカラ牡5優勝
第3回1958カツラシユウホウ牡4不出走
第4回1959ハククラマ牡412着
第5回1960コダマ牡46着
第6回1961シーザー牡54着
第7回1962オンスロート牡6優勝
第8回1963メイズイ牡42着
第9回1964メイズイ牡53着
第10回1965シンザン牡5優勝
第11回1966ナスノコトブキ牡45着
第12回1967スピードシンボリ牡54着
第13回1968アサカオー牡46着
第14回1969マーチス牡510着
第15回1970アカネテンリュウ牡52着
第16回1971アカネテンリュウ牡6出走取消
第17回1972イシノヒカル牡4優勝
第18回1973ハイセイコー牡43着
第19回1974ハイセイコー牡52着
第20回1975キタノカチドキ牡58着
第21回1976トウショウボーイ牡4優勝
第22回1977テンポイント牡5優勝
第23回1978プレストウコウ牡512着
第24回1979サクラショウリ牡56着
第25回1980カツラノハイセイコ牡52着
第26回1981ホウヨウボーイ牡72着
第27回1982モンテプリンス牡611着
第28回1983アンバーシャダイ牡73着
第29回1984ミスターシービー牡53着
第30回1985シンボリルドルフ牡5優勝
第31回1986ミホシンザン牡53着
第32回1987サクラスターオー牡4競走中止
第33回1988タマモクロス牡52着
第34回1989オグリキャップ牡55着
第35回1990オグリキャップ牡6優勝
第36回1991メジロマックイーン牡52着
第37回1992トウカイテイオー牡511着
第38回1993ビワハヤヒデ牡42着
第39回1994ナリタブライアン牡4優勝
第40回1995ヒシアマゾン牝55着
第41回1996マヤノトップガン牡57着
第42回1997エアグルーヴ牝53着
第43回1998エアグルーヴ牝65着
第44回1999スペシャルウィーク牡52着
第45回2000テイエムオペラオー牡4優勝
第46回2001テイエムオペラオー牡55着
第47回2002ナリタトップロード牡64着
第48回2003シンボリクリスエス牡4優勝
第49回2004ゼンノロブロイ牡4優勝
第50回2005ディープインパクト牡32着
第51回2006ディープインパクト牡4優勝
第52回2007ウオッカ牝311着
第53回2008ウオッカ牝4不出走
第54回2009ウオッカ牝5不出走
第55回2010ブエナビスタ牝42着
第56回2011ブエナビスタ牝57着
第57回2012オルフェーヴル牡4不出走
第58回2013オルフェーヴル牡5優勝
第59回2014ゴールドシップ牡53着
第60回2015ゴールドシップ牡68着
第61回2016キタサンブラック牡42着
第62回2017キタサンブラック牡5優勝
第63回2018レイデオロ牡42着
第64回2019アーモンドアイ牝49着
第65回2020クロノジェネシス牝4優勝
第66回2021エフフォーリア牡3優勝
第67回2022タイトルホルダー牡49着
第68回2023イクイノックス牡4不出走
第69回2024ドウデュース牡5出走取消
第70回2025レガレイラ牝44着