エクリプス のバックアップ(No.9)


原初にして最強のサラブレッド

エクリプス(Eclipse)は、18世紀後半に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬である。

三大始祖・ダーレーアラビアンの父系血統を大きく開花させた存在であり、現在まで続く三大父系のひとつに数えられる。

イギリス発祥のことわざ「Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)」で知られるサラブレッド種の始祖であり、18戦18勝、生涯無敗を貫いた伝説を持つ。

 

歴史的背景と競走成績

エクリプスが生まれた18世紀中頃は、まだジョッキークラブも結成されておらず、ダービーステークス等今日知られている競走も行われておらず、王族などが開催する式典的な競走を除けば、馬主である貴族や富豪が相互に賭け合い勝負をするというマッチレース形式で行われていた。

人工芝などもなく、軽く均した程度の砂地で、円形のコースというわけではなく、一定の間隔で立てられた旗や棒などを目印に直線か折り返しての往復で行われるものが多かったとされる。

またレースは負け抜け式の「ヒートレース」と呼ばれる形式で行われ、同じ馬で同距離のレースを繰り返し行い、2回ないし3回連勝するか、ほかの参加者が全て失格となり、残ったものが勝者となる。1着の馬がゴールしてから240ヤード以上離された馬は失格となる、というのがヒートレースの基本的なルールである。

このレース形式はあまりにも過酷を強いるために19世紀にジョッキークラブから禁止措置が公布され、現在では東南アジアの一部の国でしか行われていない。

 

エクリプスは極めて激しい気性の持ち主ながら、当時の競馬に適応しており、頭を地面すれすれまで下げた低い姿勢でとにかく前へ前へと突っ込むような独特な走行フォームであったとされる。

その馬脚は群を抜いて卓越しており、ヒートレースでは必ず2回で勝負を決め、2着が”いない”(out of sight:見えないほど遠い)レースや、その強さを畏れた他の出走者が全て棄権し”単走”(ひとり勝ち、不戦勝、競走不成立)となったレースも多い。

 

馬主が賭博師だったこともあり、あまりにも圧倒的な差をつけての勝利が多かったため、公式に記録の残されている18戦以外にも無効試合となり記録されていないレースがあったとされ、生涯成績は20戦とも26戦とも言われているが全勝であったことは確かである。

 

「Eclipse first, the rest nowhere.」の真相

とされている逸話が、デビュー戦が始まる前に馬主であった賭博師のデニス・オケリーが発した宣言であるとされるもの。

レース前の試走で既に圧倒的な速度を見せたエクリプスに対し、レース予想を聞かれたオケリーは「Eclipse first, the rest nowhere.」と答えたとされる。

意味としては「エクリプスが一着、その他はなし」というのが直訳となり、つまりエクリプス以外の馬は「ゴールできない(失格となる)」という挑発的な宣言であった。

これに対し他の貴族や富豪は大いに憤慨したとされるが、事実としてエクリプスは240ヤード以上のリードで第一ヒートを勝利し、オケリーの宣言は現実のものとなった。

 

後世への影響

1886年にはイギリスのサンダウン競馬場でエクリプスを記念するエクリプスステークスが創設された。この競走は当時英国内で最高額の賞金を誇り、現在もG1に指定されている。

さらにアメリカ競馬の年間表彰制度エクリプス賞もこの馬を記念したもので、各部門の最優秀者及び最優秀馬の所有者にはエクリプスの像が送られる。ニューマーケット競馬場にも本馬の銅像がある。

また1989年に三菱自動車とクライスラーが合弁で設立したダイアモンド・スター・モーターズから本馬の名を冠したスポーツカー「エクリプス」が発売された。

 

血統関係

全て書き出すととんでもないことになるので、ウマ娘として登場している競走馬のみ、5代前(父-父-父-父-父~母-母-母-母-母)までを抜粋。は牝系。

 

エクリプス(Eclipse 牡 1764 母:スピレッタ(Spilletta))