ダイワメジャー のバックアップ(No.1)
- バックアップ一覧
- 差分 を表示
- 現在との差分 を表示
- 現在との差分 - Visual を表示
- ソース を表示
- ダイワメジャー へ行く。
- 1 (2022-03-09 (水) 02:12:09)
- 2 (2022-10-20 (木) 23:41:01)
ダイワスカーレットの半兄
ダイワメジャーは、父にサンデーサイレンス、母にスカーレットブーケを持つダイワスカーレットの半兄(父親違いの兄妹)である。
br
2003年に中央競馬(JRA)でデビュー、翌2004年に皐月賞を制する。
その後、呼吸疾患の喘鳴症が重症化したことで一時不振に陥るが、手術を経てこれを克服し、2005年4月に復帰。
2006年には天皇賞(秋)とマイルチャンピオンシップに優勝し、最優秀短距離馬に選出される。2007年にも安田記念とマイルチャンピオンシップを制し、再び同賞を受けた。
通算28戦9勝。中央GI競走5勝は当時史上4位タイの記録。
競走馬引退後の2008年より種牡馬となり、カレンブラックヒル、コパノリチャード、ブルドッグボス、メジャーエンブレム、レーヌミノル、アドマイヤマーズ、ノーヴァレンダ、レシステンシアと8頭のGI級競走優勝馬を輩出している。
br
ダイワメジャーは皐月賞を勝ったものの、この頃から喘鳴症の症状が出始めており、日本ダービーではキングカメハメハの6着と敗れ、秋は三冠の最終戦・菊花賞ではなく天皇賞(秋)に出走したものの、すでに重症化の域に入っていた影響で勝ったゼンノロブロイから4秒離された最下位に終わっている。
喘鳴症疾患はかつてはセントライト、シンザンに次ぐ三冠馬と目されていたタニノムーティエや、ダートGⅠを連覇したゴールドアリュールを引退に追い込んだ重篤な疾患であり、治療自体はさして難しい手術ではないとされるが、術後には様々な合併症も報告されており、相当数の症例が費用やリスクに見合った結果を出していないため、ダイワメジャーの治療成功・競走能力の復活は「稀に見る最大の成功例」として取り上げられている。