GⅠレース/オークス

Last-modified: Sun, 09 Jul 2023 03:21:54 JST (298d)
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歴史

優駿牝馬(オークス)は1938年、4歳牝馬限定の競走として「阪神優駿牝馬」の名称で鳴尾競馬場に創設。

第1回は2700mで施行されたが、第2回からは2450mに距離を短縮。

1943年には鳴尾競馬場が海軍基地に接収されたため、開催地を京都競馬場に移し、距離も2400mに変更。

1944-45年は太平洋戦争の影響により競走が中止され、1946年からは施行地を東京競馬場に移して再開、名称を「優駿牝馬」に改めた。

当時日本の牝馬は諸外国に比べて成育が半年ほど遅いと見られており、1952年までは秋の開催であったが、1953年からは諸外国に倣い春季開催に変更された。このため「東京優駿」と週代わりでの開催となり、1943年にクリフジが達成した「両優駿競走優勝の変則二冠」は実現しなくなってしまった。

1965年から「(オークス)」の副称が付くようになり、現在に至る。

1984年、グレード制が導入され、GⅠに格付け。

1995年には指定交流競走となり地方所属馬が、2003年には外国産馬が出走可能に。

2010年には国際競走に指定され、国際格付けのGⅠに格付けされる。

時期タイトルレース場バ場距離根幹向き
5月後半オークス東京中距離2400
 

競技場

東京競馬場・芝2400m。

日本ダービーやジャパンCが行われる、中央競馬を代表するコース。

正面スタンド前の直線半ばがスタート地点で、ゴール板を一度通過しコースを1周する。

最初の1コーナーまでの距離は約350m(Aコース時)。直線は525.9m。

基本的にはスローペースからの上がり勝負も、上級条件では総合的な能力が試される。

歴代優勝馬

回数施行年競走名競馬場距離優勝馬性齢タイム
第1回1938阪神優駿牝馬阪神(鳴尾)2700mアステリモア牝42:57 2/5
第2回19392450mホシホマレ牝42:55 3/5+大差※
第3回1940ルーネラ牝42:38 0/5
第4回1941テツバンザイ牝42:43 1/5
第5回1942ロツクステーツ牝42:39 0/5
第6回1943京都2400mクリフジ牝42:34 0/5
第7回1946優駿牝馬東京ミツマサ牝42:46 2/5
第8回1947トキツカゼ牝42:40 2/5
第9回1948ヤシマヒメ牝42:32 0/5
第10回1949キングナイト牝42:38 0/5
第11回1950コマミノル牝42:38 0/5
第12回1951キヨフジ牝42:33 4/5
第13回1952スウヰイスー牝42:31 2/5
第14回1953ジツホマレ牝42:36 3/5
第15回1954ヤマイチ牝42:39 0/5
第16回1955ヒロイチ牝42:32 4/5
第17回1956フエアマンナ牝42:33 4/5
第18回1957ミスオンワード牝42:32 0/5
第19回1958ミスマルサ牝42:33 0/5
第20回1959オーカン牝42:33 4/5
第21回1960スターロツチ牝42:33.4
第22回1961チトセホープ牝42:32.5
第23回1962オーハヤブサ牝42:31.9
第24回1963アイテイオー牝42:32.4
第25回1964カネケヤキ牝42:31.1
第26回1965優駿牝馬(オークス)ベロナ牝42:31.3
第27回1966ヒロヨシ牝42:36.2
第28回1967ヤマピツト牝42:29.6
第29回1968ルピナス牝42:31.6
第30回1969シャダイターキン牝42:32.4
第31回1970ジュピック牝42:40.6
第32回1971カネヒムロ牝42:36.0
第33回1972タケフブキ牝42:28.8
第34回1973ナスノチグサ牝42:28.9
第35回1974トウコウエルザ牝42:29.1
第36回1975テスコガビー牝42:30.6
第37回1976テイタニヤ牝42:34.4
第38回1977リニアクイン牝42:28.1
第39回1978ファイブホープ牝42:30.2
第40回1979アグネスレディー牝42:29.6
第41回1980ケイキロク牝42:32.3
第42回1981テンモン牝42:29.5
第43回1982シャダイアイバー牝42:28.6
第44回1983ダイナカール牝42:30.9
第45回1984トウカイローマン牝42:31.9
第46回1985ノアノハコブネ牝42:30.7
第47回1986メジロラモーヌ牝42:29.6
第48回1987マックスビューティ牝42:30.9
第49回1988コスモドリーム牝42:28.3
第50回1989ライトカラー牝42:29.0
第51回1990エイシンサニー牝42:26.1
第52回1991イソノルーブル牝42:27.8
第53回1992アドラーブル牝42:28.9
第54回1993ベガ牝42:27.3
第55回1994チョウカイキャロル牝42:27.5
第56回1995ダンスパートナー牝42:26.7
第57回1996エアグルーヴ牝42:29.1
第58回1997メジロドーベル牝42:27.7
第59回1998エリモエクセル牝42:28.1
第60回1999ウメノファイバー牝42:26.9
第61回2000シルクプリマドンナ牝42:30.2
第62回2001レディパステル牝32:26.3
第63回2002スマイルトゥモロー牝32:27.7
第64回2003スティルインラブ牝32:27.5
第65回2004ダイワエルシエーロ牝32:27.2
第66回2005シーザリオ牝32:28.8
第67回2006カワカミプリンセス牝32:26.2
第68回2007ローブデコルテ牝32:25.3
第69回2008トールポピー牝32:28.8
第70回2009ブエナビスタ牝32:26.1
第71回2010アパパネ牝3
2:29.9(同着)
サンテミリオン
第72回2011エリンコート牝32:25.7
第73回2012ジェンティルドンナ牝32:23.6
第74回2013メイショウマンボ牝32:25.2
第75回2014ヌーヴォレコルト牝32:25.8
第76回2015ミッキークイーン牝32:25.0
第77回2016シンハライト牝32:25.0
第78回2017ソウルスターリング牝32:24.1
第79回2018アーモンドアイ牝32:23.8
第80回2019ラヴズオンリーユー牝32:22.8
第81回2020デアリングタクト牝32:24.4
第82回2021ユーバーレーベン牝32:24.5
第83回2022スターズオンアース牝32:23.9
第84回2023リバティアイランド牝32:23.1
 
  • 1939年のできごと
    1939年、第2回阪神優駿牝馬では1位入線後のヒサヨシが、競走後に薬物使用が判明して失格となり、2位入線のホシホマレが繰り上がりで優勝となっているため、正確なタイムが記録されていない。
    当時ヒサヨシに騎乗していた京都競馬場の調教師・武田文吾はこの処分に対して日本競馬会に抗議し、ヒサヨシから興奮剤(アルコール)を検出したとする東京帝国大学考案の科学的検査法・リミニ氏法の精確性に疑念を訴え、競馬開催を支援していた軍部の反発にも屈することなく抵抗を貫き、1940年8月にリミニ氏法によるアルコール検査を廃止させ、ついには1941年に興奮剤の検出方法そのものを撤回させた。(ヒサヨシ事件)