徐福 のバックアップ差分(No.17)


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*人物紹介 [#m28aabc0]
|BGCOLOR(white):&attachref(./XuFu.png,nolink,徐福,330x250);|
*ゲームにおいて [#i66cb7af]
-イベント「[[サーヴァント・サマーキャンプ! ~カルデア・スリラーナイト~]]」の登場人物。
古代中国の方士。

-戦闘時のクラスはアーチャー。
#region(戦闘時の詳細 ※ネタバレ注意(+クリックで展開))
-エネミー名は『''大怨霊徐福''』。
道袍をまとった巨大ゴーストの姿を取る。サーヴァント属性を所持。
ゲージ3・三回行動・通常全体攻撃。
ドロップアイテムは悠久の実。

-''《属性》''
--サーヴァント、超巨大
-''《スキル》''
--「''三羽の鶴''」
自身にガッツ(+3,000・3回・永続)
--「''不死殺しの仮面''」
敵全体に即死耐性ダウン(3T)
-''《チャージ攻撃》''
--『''死の旅路''』
全体攻撃&即死
-''《ブレイク》''
--1回目『''や、優しく殺してあげますので……''』
敵全体にHP回復量ダウン(-100%・5T)&???&無敵状態解除
--2回目『''死を、安らぎを、幸せをあなたのために……''』
自身に即死付与率アップ(5T)&無敵貫通(5T)

-通常はクラスアイコンが金色となる大型ボスエネミーとしては珍しく、クラスアイコンが銀色(☆3相当)となっている。
#endregion
*小ネタ [#k1bd2a44]
#region(+クリックで展開)
-&ruby(じょふく){徐福};、または&ruby(じょふつ){徐巿};(「巿」と「福」の中国語発音は同じ。「&ruby(いち){市};」ではない)。
[[始皇帝]]の命により不老不死の薬を求め、神仙が住むとされる東方の三神山(蓬莱・方丈・瀛州)に向け旅立った人物。3000人の若者と多くの技術者を連れ、財宝を携えて出航したが、最終的に徐福が秦に戻る事はなかった。航海の果てに辿り着いた地で王になったと伝えられる。
--そもそも不死の妙薬がある(らしい)と具申したのが徐福からであったこと、結果的に貴重な人材や財を秦から持ち出した形となったことから、『史記』に代表される中国の歴史書では「始皇帝を騙した詐欺師」として扱われている。
---「東方の海に不老不死の神仙が棲む領域があり、人間もまた仙薬や修行により神仙に至ることができる」という神仙思想は戦国末期から秦にかけて誕生し、山東半島を中心に信仰を広げていった。徐福の生誕地である琅邪郡もこの地域ということを考えると、本心から神仙の存在を信じて始皇帝に上奏した可能性もある。
---本作では不死の妙薬について「そんなもの、ありはしない。あったとしても、東にある訳がない」と独白しており、仙薬の探索はあくまで名目上の理由として船出したことになっている模様。本当の目的は不死殺しの研究を完全な秘匿下で行うためだったことが示唆されている。一方で騙す形となった始皇帝については「あの皇帝は男女身分の区別なく、直感で『いける』と思ったら採用する方だった」「彼が規格外過ぎたのだろう」と回想で高く評価してもいる。
--『史記』の「淮南衡山列伝」によれば徐福の遠征隊は紀元前219年と紀元前210年の二度にわたって東方を目指し出航しているともされており、事実であれば少なくとも最初の航海については故意に騙そうとしていたわけではない模様。
---もっとも同じ『史記』の「秦始皇本紀」には、不死の妙薬を探しに行くと言いながら実際には出航しておらず、巡行中だった始皇帝に見つかって改めて出立命令を受けるも程なく始皇帝が病没。金銀だけせしめたという旨の記載もある。真実は闇の中。
--蓬莱の薬を得られないのは大鮫魚という魚のせい、という偽りを始皇帝に進言した話もある。大鮫魚は海神と戦う夢を見た始皇帝自身による弩で討たれるも、それから程なくして始皇帝は病により没した。
---この大鮫魚と思われる存在は『Fate/strange Fake』にて登場している。
--実在性については『史記』における記述の少なさなどから否定されてきたが、1980年代に「徐福村」が見つかったことで実在説が提唱された。ただしこの説には反論も根強く、結論は出ていない。

-史実では男性。
本作では性別がわかりづらいが、女性。
--後世に男性として伝わったのは、[[始皇帝]]の官僚達に疎まれていた腹いせによるものだと作中では推測している。
--因みに先秦時代の女性の名は姓を後に書く(例えば「妲己」は「己」が姓)、徐福が女性の場合では「福」が姓の可能性がある。偶然にも中国の福姓の先祖は徐福と同じ斉国人とされる。

-「徐福が辿り着いた地が日本である」とする伝説が日本各地に残っている。また、中国においても宋代の政治家・詩人である欧陽脩作の『日本刀歌』内で「徐福は秦を欺き、技術者を多数連れて日本に渡り長く留まった。このため今に至るも日本の道具は精巧にできている」と言及されている。
--日本では「遭難した結果中国に帰るのを諦め、日本に釜や焼き物の作り方など当時最新の技術をもたらし崇められた」「最終的に不死の妙薬を見つけ出した」「高い文化や技術力から村人に慕われ余生を送った」「伝染病が発生した時に徐福を祀ったところ救われた」等々の逸話がある。
文化の伝来者という側面からか基本的に日本では英雄扱いされており、三重県熊野市波田須には徐福持参とされるすり鉢を御神体とした神社『徐福ノ宮』が、和歌山県新宮市には徐福の墓を中心にする徐福公園、京都府伊根町には徐福を祀った新井崎神社が存在する。徐福ゆかりとされている地は他にもあるが、太平洋岸や九州など実際に大陸から渡来人が渡ってきていた地域に多い。
---熊野の『徐福ノ宮』は明治末期の神社合祀により一旦廃社・近隣の波田須神社合祀となり、現在の神社は昭和中期になってから再建されたもの。しかしこの地域の徐福信仰の歴史自体は非常に古く、波田須神社創建年である1064年よりさらに前に既に現在の場所に神社が存在していたと言われている。
また、他の地域では「徐福さん」と親しみを込めて語られる徐福も熊野では「徐福さま」と呼ばれ神格化の対象となっており、前述の廃社合祀後も氏子は中国人を神として祀っていることを伏せつつ密かに信仰を続けていたとされる。&color(Silver){%%隠れジョフシタン%%};
さらに1960年代に行われた参道整備の際には秦代の半両銭が出土するなど、徐福かどうかはさて置きこの地域が秦と何らかの関係があった可能性自体は非常に高いものとなっている。
---スキル『三羽の鶴』は山梨県に伝わる徐福伝説が元ネタ。不死の仙薬を求め富士山に入ったものの遂に見つけること能わず、望郷の念を抱きながら亡くなった徐福は死後に三羽の鶴に化身して空に舞い上がった、とされる。うち一羽の墓として富士吉田市の福源寺に鶴塚が建立され、現在も文化財として残されている。
--現代日本にも徐福と一緒に渡来した秦人の子孫と伝わる家系が存在する。第80代内閣総理大臣の羽田孜はその一人であり、彼は日本徐福会の名誉会長も務めた。
--アメリカ本土やハワイで秦代中国の考古資料が出土したことから、徐福が辿り着いたのはアメリカであるとする説もある。
--伝説が事実だとすると紀元前200年頃に辿り着いたことになるが、あまりにも古い時代なので検証は不可能に近い。

-[[虞美人]]のことを「ぐっ様」と呼ぶ。
--右腕に抱えているのはぐっ様デフォルメぬいぐるみ。
-[[メカクレ>バーソロミュー・ロバーツ]]。&color(Silver){本人に直接関係のないところでTwitterのトレンドに入る男。};
#endregion
*この人物についてのコメント [#comment]
#region(過去ログ)
#ls2
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#pcomment(./コメント,reply,15)m




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