徐福 のバックアップ差分(No.10)
- バックアップ一覧
- 現在との差分 を表示
- 現在との差分 - Visual を表示
- ソース を表示
- バックアップ を表示
- 徐福 へ行く。
- 1 (2020-08-24 (月) 10:34:36)
- 2 (2020-08-24 (月) 12:26:51)
- 3 (2020-08-24 (月) 13:38:42)
- 4 (2020-08-24 (月) 14:47:53)
- 5 (2020-08-24 (月) 16:35:25)
- 6 (2020-08-24 (月) 19:57:38)
- 7 (2020-08-24 (月) 21:28:43)
- 8 (2020-08-25 (火) 00:58:21)
- 9 (2020-08-25 (火) 04:19:39)
- 10 (2020-08-25 (火) 06:52:46)
- 11 (2020-08-25 (火) 09:37:30)
- 12 (2020-08-25 (火) 13:29:35)
- 13 (2020-08-25 (火) 17:12:06)
- 14 (2020-08-25 (火) 18:36:22)
- 15 (2020-08-25 (火) 20:12:21)
- 16 (2020-08-25 (火) 21:18:57)
- 17 (2020-08-26 (水) 18:13:54)
- 18 (2020-08-26 (水) 21:52:39)
- 19 (2020-08-27 (木) 00:10:37)
- 20 (2020-08-27 (木) 02:28:11)
- 21 (2020-08-27 (木) 04:10:43)
- 22 (2020-08-31 (月) 22:01:09)
- 23 (2020-09-01 (火) 02:47:41)
- 24 (2020-09-02 (水) 11:41:19)
- 25 (2020-09-09 (水) 01:23:44)
- 26 (2020-10-09 (金) 19:37:11)
- 27 (2020-12-07 (月) 20:16:32)
- 28 (2021-05-27 (木) 04:50:28)
- 29 (2022-01-26 (水) 07:58:05)
- 30 (2022-03-17 (木) 20:13:30)
- 31 (2022-03-17 (木) 21:38:04)
- 32 (2022-03-25 (金) 23:42:49)
- 33 (2022-03-30 (水) 22:37:37)
- 34 (2022-04-06 (水) 00:17:26)
- 35 (2022-06-04 (土) 12:09:54)
- 36 (2022-06-05 (日) 17:20:49)
- 37 (2022-06-07 (火) 21:47:58)
- 38 (2022-06-29 (水) 15:23:00)
- 39 (2022-07-31 (日) 19:16:09)
- 40 (2022-07-31 (日) 20:31:43)
- 41 (2022-07-31 (日) 21:34:56)
- 42 (2022-07-31 (日) 22:36:21)
- 43 (2022-08-01 (月) 00:04:12)
- 44 (2022-08-01 (月) 02:11:58)
- 45 (2022-08-01 (月) 04:57:11)
- 46 (2022-08-01 (月) 06:40:50)
- 47 (2022-08-01 (月) 07:42:18)
- 48 (2022-08-01 (月) 11:45:23)
- 49 (2022-08-01 (月) 14:12:55)
- 50 (2022-08-01 (月) 15:15:37)
- 51 (2022-08-01 (月) 18:59:20)
- 52 (2022-08-01 (月) 20:21:58)
- 53 (2022-08-01 (月) 23:46:30)
- 54 (2022-08-02 (火) 04:16:24)
- 55 (2022-08-02 (火) 13:46:53)
- 56 (2022-08-02 (火) 16:07:52)
- 57 (2022-08-02 (火) 17:37:03)
- 58 (2022-08-02 (火) 20:31:12)
- 59 (2022-08-02 (火) 22:01:02)
- 60 (2022-08-03 (水) 01:41:46)
- 61 (2022-08-03 (水) 02:57:47)
- 62 (2022-08-03 (水) 05:16:23)
- 63 (2022-08-03 (水) 08:36:07)
- 64 (2022-08-03 (水) 17:15:03)
- 65 (2022-08-03 (水) 21:52:28)
- 66 (2022-08-04 (木) 09:32:40)
- 67 (2022-08-04 (木) 16:05:57)
- 68 (2022-08-05 (金) 03:07:25)
- 69 (2022-08-05 (金) 21:33:41)
- 70 (2022-08-06 (土) 07:43:02)
- 71 (2022-08-06 (土) 13:46:41)
- 72 (2022-08-07 (日) 17:17:52)
- 73 (2022-08-08 (月) 00:22:15)
- 74 (2022-08-08 (月) 07:58:08)
- 75 (2022-08-08 (月) 12:32:20)
- 76 (2022-08-08 (月) 16:40:21)
- 77 (2022-08-08 (月) 23:56:40)
- 78 (2022-08-10 (水) 13:16:55)
- 79 (2022-08-10 (水) 15:23:22)
- 80 (2022-08-10 (水) 19:15:59)
- 81 (2022-08-13 (土) 11:02:48)
- 82 (2022-08-18 (木) 05:31:43)
- 83 (2022-08-21 (日) 04:45:09)
- 84 (2022-08-22 (月) 19:54:45)
- 85 (2022-08-24 (水) 23:50:13)
- 86 (2022-08-27 (土) 18:56:37)
- 87 (2022-09-13 (火) 08:36:19)
- 88 (2022-09-17 (土) 19:21:56)
- 89 (2022-09-25 (日) 02:47:34)
- 90 (2022-10-02 (日) 13:38:31)
- 91 (2022-10-11 (火) 19:18:07)
- 92 (2022-10-12 (水) 22:40:38)
- 93 (2022-10-17 (月) 17:14:30)
- 94 (2022-10-25 (火) 14:22:27)
- 95 (2022-11-23 (水) 19:27:54)
- 96 (2023-01-02 (月) 18:41:05)
- 97 (2023-03-30 (木) 02:27:16)
- 98 (2023-06-27 (火) 19:56:40)
- 99 (2023-07-14 (金) 13:28:05)
- 100 (2023-08-03 (木) 03:53:16)
- 101 (2023-08-13 (日) 17:31:21)
- 102 (2023-09-03 (日) 21:17:07)
- 103 (2023-09-27 (水) 23:45:15)
- 104 (2024-01-29 (月) 23:53:21)
- 追加された行はこの色です。
- 削除された行はこの色です。
*人物紹介 [#m28aabc0] |BGCOLOR(white):&attachref(./XuFu.png,nolink,徐福,330x250);| *ゲームにおいて [#i66cb7af] -イベント「[[サーヴァント・サマーキャンプ! ~カルデア・スリラーナイト~]]」の登場人物。 古代中国の方士。 -戦闘時のクラスはアーチャー。 サーヴァント属性所持の巨大ゴースト。 *小ネタ [#k1bd2a44] #region(+クリックで展開) -&ruby(じょふく){徐福};、または&ruby(じょふつ){徐巿};(「巿」と「福」の中国語発音は同じ。「&ruby(いち){市};」ではない)。 [[始皇帝]]の命により不老不死の薬を求め、神仙が住むとされる東方の三神山(蓬莱・方丈・瀛州)に向け旅立った人物。3000人の若者と多くの技術者を連れ、財宝を携えて出航したが、最終的に徐福が秦に戻る事はなかった。航海の果てに辿り着いた地で王になったと伝えられる。 --そもそも不死の妙薬がある(らしい)と具申したのが徐福からであったこと、結果的に貴重な人材や財を秦から持ち出した形となったことから、『史記』に代表される中国の歴史書では「始皇帝を騙した詐欺師」として扱われている。 ---「東方の海に不老不死の神仙が棲む領域があり、人間もまた仙薬や修行により神仙に至ることができる」という神仙思想は戦国末期から秦にかけて誕生し、山東半島を中心に信仰を広げていった。徐福の生誕地である琅邪郡もこの地域ということを考えると、本心から神仙の存在を信じて始皇帝に上奏した可能性もある。 --『史記』の「淮南衡山列伝」によれば徐福の遠征隊は紀元前219年と紀元前210年の二度にわたって東方を目指し出航しているともされており、事実であれば少なくとも最初の航海については故意に騙そうとしていたわけではない模様。 ---もっとも同じ『史記』の「秦始皇本紀」には、不死の妙薬を探しに行くと言いながら実際には出航しておらず、巡行中だった始皇帝に見つかって改めて出立命令を受けるも程なく始皇帝が病没。金銀だけせしめたという旨の記載もある。真実は闇の中。 --実在性については『史記』における記述の少なさなどから否定されてきたが、1980年代に「徐福村」が見つかったことで実在説が提唱された。ただしこの説には反論も根強く、結論は出ていない。 -史実では男性。 本作では性別がわかりづらいが、女性。 --後世に男性として伝わったのは、[[始皇帝]]の官僚達に疎まれていた腹いせによるものだと作中では推測している。 -「徐福が辿り着いた地が日本である」とする伝説が日本各地に残っている。また、中国においても宋代の政治家・詩人である欧陽脩作の『日本刀歌』内で「徐福は秦を欺き、技術者を多数連れて日本に渡り長く留まった。このため今に至るも日本の道具は精巧にできている」と言及されている。 --日本では「遭難した結果中国に帰るのを諦め、日本に釜や焼き物の作り方など当時最新の技術をもたらし崇められた」「最終的に不死の妙薬を見つけ出した」「高い文化や技術力から村人に慕われ余生を送った」「伝染病が発生した時に徐福を祀ったところ救われた」等々の逸話がある。 文化の伝来者という側面からか基本的に日本では英雄扱いされており、三重県熊野市波田須には徐福持参とされるすり鉢を御神体とした神社『徐福ノ宮』が、和歌山県新宮市には徐福の墓を中心にする徐福公園、京都府伊根町には徐福を祀った新井崎神社が存在する。徐福ゆかりとされている地は他にもあるが、太平洋岸や九州など実際に大陸から渡来人が渡ってきていた地域に多い。 ---熊野の『徐福ノ宮』は明治末期の神社合祀により一旦廃社・近隣の波田須神社合祀となり、現在の神社は昭和中期になってから再建されたもの。しかしこの地域の徐福信仰の歴史自体は非常に古く、波田須神社創建年である1064年よりさらに前に既に現在の場所に神社が存在していたと言われている。 また、他の地域では「徐福さん」と親しみを込めて語られる徐福も熊野では「徐福さま」と呼ばれ神格化の対象となっており、前述の廃社合祀後も氏子は中国人を神として祀っていることを伏せつつ密かに信仰を続けていたとされる。&color(Silver){%%隠れジョフキスタン%%}; さらに1960年代に行われた参道整備の際には秦代の半両銭が出土するなど、徐福かどうかはさて置きこの地域が秦と何らかの関係があった可能性自体は非常に高いものとなっている。 --現代日本にも徐福と一緒に渡来した秦人の子孫と伝わる家系が存在する。第80代内閣総理大臣の羽田孜はその一人であり、彼は日本徐福会の名誉会長も務めた。 --アメリカ本土やハワイで秦代中国の考古資料が出土したことから、徐福が辿り着いたのはアメリカであるとする説もある。 --伝説が事実だとすると紀元前200年頃に辿り着いたことになるが、あまりにも古い時代なので検証は不可能に近い。 -[[虞美人]]のことを「ぐっ様」と呼ぶ。 --右腕に抱えているのはぐっ様デフォルメぬいぐるみ。 -[[メカクレ>バーソロミュー・ロバーツ]]。&color(Silver){本人に直接関係のないところでTwitterのトレンドに入る男}; -ジェネリック[[明智光秀]]。 -[[メカクレ>バーソロミュー・ロバーツ]]。&color(Silver){本人に直接関係のないところでTwitterのトレンドに入る男。}; #endregion *この人物についてのコメント [#comment] #region(過去ログ) #ls2 #endregion #pcomment(./コメント,reply,15)m