よもぎ/湖畔の漂着物
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この川を下れば、きっと湖に辿りつく。俺はそう信じて舟を漕ぎ続けていた。だが川幅は日ごとに狭まり、草木もまばらになっていく。岩と砂の荒野はもはや砂漠というに相応しい。
とうとう船底が砂を噛んだ。あきらめるものか。
川に沿って歩いた。無情の砂が水を飲み干す。
川は消え失せた。
間違っていたのか。荒涼たる砂漠に陽が落ちる。落胆を抱え寝袋に入った。
テントの外がぼんやりと明るい。月が昇ったらしい。出てみると、照らされた青い砂漠が見えた。あれは?
遠く波打つ地上の満月。
水!水だ!
水鏡に映る月に向かって駆け出す。湧きだす水は滔々と広がる。辿りついた時には、湖と呼んでいい大きさになっていた。
俺は正しかった。涙が頬を伝う。夢見た湖。
美しい波間に浮かぶ光。
光?
それは、屋台に掲げられたランプ。
色とりどりの果物。
山と積まれたパン。
絹を纏った踊り子。
ラクダの隊商。
水面に浮かび上がる古の人々の営み。岸へ流れつくと、一瞬で蘇るにぎやかなオアシス。湖畔はバザールの喧噪で溢れ返っていた。俺は雑踏にポツンと座り込んでいる。人々は陽気に語らい、食べ、歌い、そして疲れを癒す。
西に傾き始める月。
消えていく。ひとりふたり。ラクダ。バザール。そして湖。
砂は静かに全てを包み込んだ。
俺は大きく息をついて立ち上がった。夜明けの砂漠にはもう何もない。
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この話が含まれたまとめ 
評価/感想 
初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / 第134回競作「湖畔の漂着物」 / 参加作
執筆年 
2014年?