キン。と音を立てて白球が夕暮れの空に吸い込まれていく。
買い物袋を下げたまま、ふと金網越しにグラウンドを覗く。
キン。バットの放つ小気味よい金属音が呼び起こす遠い日の。
あの頃の私は生活に疲れた主婦などではなく。
キン。白球を追うかけ声が記憶にこだまする。
あの時もこうして金網越しに彼を見つめていた。初恋の。
キン。ボールの重みが一瞬にして弾け飛び現実にぶつかる。
結婚という生活はぬるく苦く澱んで重なり。目眩が。
キン。キン。キン・・・。
繰り返される打撃音。夫の背後に迫る自分がよぎる。夕闇がじわりと潜む。
キン!ひときわ高く弧を描いてボールが飛んでいった。
ハッと我に返る。
今晩は枝豆をゆでておこう。