夜も更けてから急ぎの用を申し付けられ、内心悪態をついていると、峠を越えようというところでひどい雨に降られた。近くの屋敷の軒先を貸してもらう。朝までには、と言われている。が、あまりにヒト気がないので、つい、中を覗いてしまった。
誰もないと思ったのは勘違いか、広い屋敷のあちこちからぞわぞわと何か波立つような気配がする。ええい、と開いた襖の奥でずらり並んだ猿が一斉に振り向く。
郷に入っては郷に従えと言うがこれはどうにも難しい、失礼、と残して次の襖を開けると部屋一面の菖蒲がもたげた頭をゆっくりこちらに揺らせ、やはりお呼びでない。
のようなことを狐狸、啄木鳥に蝸牛など都合八十八回繰り返し、鮪のびちびち跳ね回る様子は恐ろしかったと、ようやく辿り着いた「人の間」で、やあやあ御同輩と声を掛けたのに返事がない、ぴしゃりと閉められる。さてはこの体はヒトではなかったか、とは言え隣室の物の怪にも断られ、もはや部屋がない。
たわけ者めと天から声、たちまち屋敷が消え失せ、はたと気が付く。
ははあ、長いこと変化させられ忘れていた。主もたいがい人が悪い、と朽ち病みもせぬ体を動かしてぶつぶつと峠を飛び越えるが、今にも日が出そうでうんざりする。