まつじ/あなたと出会った場所
Last-modified: Sun, 04 Sep 2022 23:50:53 JST (571d)
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恋の話をしていた。
好きなひとがいるの、と言ってしまうと根ほり葉ほり聞かれそうなので止す。厄介なのだ。
持ち主のいなくなった家の荷をまとめている中に、父のものだろうか、母のものだろうか、ひとつの上製本があったのである。表紙は褪せ、わたしより少しおとなに思える。 そっと、鞄にしまった。
帰りの電車で、居間で、布団で、バスを待っている間、休憩中、文字が言葉になって流れ込んで、わたしを揺らす。そうするとまた、段段に、もっと震わされるようになる。
あなたを「ひと」と言っていいのかは、悩ましい。出会いを尋ねられたとして、そこはかつての実家のようでもあるし、触れることのできない場所のようでもある。わたしがあなたを知ったのは、電車のボックス席で、居間で、布団で、バス停で、会社のデスクで、それから、それから、それから。
本を閉じて、人差し指で、その背をなでる。
ここにいるようで、ここにいないあなたをなでるように、指先で触れる。
恋の話をしている。
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初出/概要
超短篇・500文字の心臓 / 第125回競作「あなたと出会った場所」 / 参加作
執筆年
2013年?
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