幽かな光が瞬いて消えた。
「あ…蛍」思わず口に出してしまった。
「ちっがーう!」即座に否定された。
わかってる。今はそんな季節じゃないしそんな場所でもない。
ベッドが軋む。笑っているらしい。暗くて見えないけど。
「ひどいな」
「…だってぇ」
多分上目づかいでこっちを見ている。
どこからか甘い香。これは…キンモクセイ…だっけ?
「これは銀木犀、金木犀のはもっと甘ったるいの」
そうだ、君が集めていたのは白い花だった。あちこちに撒いて叱られてた。
テーブルの上、バスタブの中、子供部屋、それから…。
この季節はいつも、家中この香で一杯だった。
樹は窓のすぐ近く迄、枝を伸ばしていて…。
「思い出した?」
「…ああ」
じわりと闇に滲み出す焔。
思い出したのは僕だけじゃないね。この家もだ。
君の貌が照らされる。揺らめく赤と黒。
「こわい?」
「…」
君の大切な人形が、絵本が、オルゴールがまた燃えている。あの日と同じに。
壁紙を舐め尽くした炎が床を這って来た。
赤い舌をちらちらさせながら鎌首を持ち上げて僕達のいるベッドをのみ込もうとしている。
「大丈夫。こうしていてあげるから」
抱きしめられて僕は眼を閉じる。懐かしい香に沈んで、感じるのは…。
「ね」