野仏の足下にボタッと、蝉が落ちた。ぼくは一瞬心がまっしろになった。ジ、ワワワとまた蝉の声が耳朶を震わせて、ああここは山の中で自分は登山をしていたのだった、と我に返った。もう夏も終わりなのだ。蝉の死骸は、そのまま土にかえる。ぼくはその蝉と、いやかつて蝉だったものと同化した想像をする。そのまま地中に溶け、細かくなり水と一緒に根に吸われて堅いセルロースの管を上昇していって、葉に至って空と邂逅する。
眼が生まれるまで、我々は世界をどうやって見ていたのだろう。皮膚が、皮膚の一部が光熱を感知していたとテレビ番組で言ってたが、ならば五感というのは何故生まれ、何をぼくらは覚知したがったのかと、またいやな好奇心が湧いてきた。
野仏は風雨に削られて、どんな顔でぼくを見ているのか見当がつかない。雨が降りそうなので、先を急ぐ。