放課後の誰もいない音楽室が好きだった。
ピアノのふたを開けると、ホコリっぽい西日にカーテンが揺れた。ひとつ覚えのサテンドール。楽譜を見ながら弾いていると、ン・パン・ン・パンと手拍子の音がした。手を止めて振り向いた。見慣れない男子が微笑んで立っていた。「お上手ですね。どうぞ続けて」 優し気な瞳にそう言われて悪い気はしなかった。気のないふりをしながら、またピアノに向かう。彼は曲に合わせてオフ・ビートで手を叩いてくれた。弾むリズムにサテンドールが軽やかにスウィングする。ブルーノートが気持ちよくメロディを踊らせた。テーマを繰り返す手を止めることができず、いつまでもいつまでも私はピアノを弾き続け、弾き続け・・・。
気がつくと私は鍵盤に顔を伏せて気を失っていた。彼はいなかった。ピアノの端にそれがぽつんと置いてあるきりだった。手にとってゼンマイを巻く。針がゆっくり右から左に揺れて一度だけチンと鳴った。そしてもう二度と動かなかった。