ここに椅子がひとつある。僕はこの椅子に座っている。僕と椅子の前を人々が通り過ぎていく。そして口々にこう言うのだ。「やぁ素敵な椅子ですね」僕は軽く会釈して「それはどうも」とお礼をいう。でも悔しい。褒められるのは椅子ばかり。なんだい、こんな椅子なんか。だから椅子から立ち上がろうとした。なのに椅子のやつ、立ち上がって僕について来る。僕が歩くと椅子も歩く。人々がそれを見ていう。「おりこうちゃんな椅子ですねぇ」また椅子が褒められた。くそっ。僕は椅子に殺意を抱く。僕はナイフを手にとる。振り向きざまに椅子を切りつける。左上から右下へ、椅子の背が切り裂かれた。右上から左下へ、僕の胸が切り裂かれた。僕と椅子は分裂した。そしてあとには椅子がひとつ。