そこそこしあわせそうな家庭の日曜の居間で、父役は気怠いあくびをし母役は菓子を口に放りテレビを見ている。子供たちはそれをよそに隣の和室で遊んでいるが、じきに小さなことを言い争いをはじめ、テーブルにはワインの入ったグラスが置かれている。
人のまばらな最終電車でひとり吊革に手をかけている男の頭に立つグラスの中身は波を立てない。
喧嘩をする学生たちの足元に無数に。
失踪した村に残された葡萄畑に、ぽつん。
薄暗い部屋で愛を囁き合う男女の男の背後で、妖しく光る液体。
飲む前に講釈を垂れた切り開かれた患者の前で、女医が手を伸ばすメスの横に。
欲情する男の前に満たされたグラスがいる。
鉄の味がする、と誰かが言う。
清掃中のプールサイドに置かれている。
というようなことがあるという。
赤なのか白なのか、まったく別のものなのか、明らかでない。
舞台上で誰からも忘れられた小道具のように、しかし私の見る風景のそこここでも現れる。
これが物語の一部ならば、あなたには分かるのだろうか。
けれど私には。
どうしてそこにワインがいるのか。
理由はまだない。