思うように動かない体のうちで、辛うじて両眼と脳味噌だけがどうにか生きていると感じられる。
そうしてその男は瞼をいつまでも開いたままで、いつまでも景色を眺めている。
自分という、意識をもった存在がここにいることに、誰も気がつかないと男はすでに知っている。
それを悟るまで生物、無生物にかかわらずあらゆるものに対して向けていた憤りは、もうすっかりなくなっている。
ひっそりと、ただ前にある風景を眺めている。
どこに埋もれたかも分からない足で、小さなアリの行列を一足跳びに越える。
蹴飛ばされた石ころのずっと先まで転がる。
ベビーカーを押す母親に、かわいい赤ちゃんですねと声をかけてお先に失礼する。
のどかな町を並んで走る二台の自転車を、仲の良さそうな家族を乗せて運ぶファミリーカーを、空を悠々と滑るツバメを、誰も彼もを最後には太陽のひかりをも追い越してそのまま消えたいと考える。
ここに、いるぞ。
ここに、いるぞ。
男が岩にされてから、随分と経つ。
岩男は、夢を見ることができない。
せめて瞬きくらいはと、その岩は今日も何度となく眼を閉じようとした。