書き出しに悩むのは、書かなければ存在できた無限の可能性を殺しているから。意図せぬ殺害ほど、無駄な罪悪感はない。文字は、文字間は、行間は、越えることを許されていないので、書かれる物語は想像の一歩先には辿り着かない。
ジレンマ。
文法の超越みたいなものが、おそらく必要だ。それはわかっている。でも、どう実現すればいいのかわからない。手で書けば揺れるけれど、キーボードとディスプレイは揺れを許容しない。技術はゆらぎを補正したがる。
あるいは、新しい言葉。新しい文字。
けれど、一文字ごとに境界を纏い、分離し、自分を確立させる度に必要な要素が零れ落ちていく実感もある。指先から放電する情動や、視線から滴る欲望や、唇から溢れる吐息をすべては表現しきれない。表現したいことを表現できないと表現するためには、表現するしかない。
ジレンマ。
煉獄の直火で踊り死にするような愛は、ちっとも表現できる気がしない。