海音寺ジョー/白澤

Last-modified: Wed, 24 Jun 2020 23:52:45 JST (19d)

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 洗濯物が乾かない。

 元々湿地でナ、大家の婆さんの話だと昔は荒川が氾濫する度に町が水没したそうだ。


 新小岩で暮らし始め季節が変わる頃、白澤に会った。アパート近くのコインランドリーで乾燥機を回しながらリルケ詩集を読んでいると入口から異形の獣が俺を凝視していたのだ。背に目玉があり長い顎鬚を垂らしてて白昼夢か?と我が目を疑った。乾燥機がとまり洗濯物を取込みアパートに早足で帰っても後をついて来て、結局居ついてしまった。

 図鑑で調べるに白澤は瑞獣で森羅万象に通じ、この世の災禍を避ける霊力を持つらしい。

「偉い肩書のわりにはボロアパートに居候と苦労してるようだが」と俺がからかうと「よる年なみには勝てぬ」と仏頂面で答える。

「黄帝に一一五二〇種に及ぶ天下の妖異鬼神について語ったって書いてるけど」

「知りたいじゃと、貴様?あいにく、よる年なみで悉く失念したわ」

「本当かよ?」

「代わりにAKB48、チームAから研究生まで全メンバーの魅力を語って進ぜよう」

 老体のくせにアイドル事情にやけに詳しい。

「それにしても貴様の本棚はまるで統一感というものがないな。陳舜臣、江戸アケミ、勝間和代、かきふらい、瀬戸内寂聴と一体貴様は何を目指しているのじゃ?何ギャグ漫画家?一念発起上京してきたものの未だ原稿が売れない?相分かった。儂が指南して進ぜよう」

 俺は戸惑いつつ、最新の完成稿を白澤に見せた。前脚で器用に頁を繰り瞬時に読了した白澤は、額に汗を垂らせ黙り込んだ。長すぎる沈黙に俺も緊張を高める。

「貴様、本当にこれはギャグか?ギャグのつもりで描いたのか」

「そ、その通りだが」

「それはやばいぞ。全く面白くない。今どき番長ものじゃと?神智の霊獣と呼ばれた儂すら改善の見当もつかぬ酷い代物じゃ」

「よくもそこまで人の作品をボロくそに」

「いや待て。貴様の感性がそも捻じ曲がっとるのじゃ。この貴様がギャグと信じとる観念は捨て全く別の正統派ストーリー漫画を描いてみては?案外そこが突破口かもしれぬて」

 そこでストーリー物を描いた。投稿したらA誌の新人賞に佳作入選した。南小岩で携帯に通知をもらった俺は狂喜し、一目散でアパートに飛んで帰った。が、白澤の姿がない。近隣探し回ったが遂に見つからなかった。

 詮無い事と諦め次回投稿作を描き始めたが、翌日事故に遭った。入院する羽目になり間に合わせることが出来なかった。思うに、これまで白澤が厄除けを担ってくれてたのだろう。


 今でもコインランドリーで文庫を読みながら、ふと入口に目をやってしまう。しかしそこには湿地帯らしからぬ、抜けるような青空がのぞけるばかりだ。

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コント妖怪東京アイドル?色彩数字

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