海音寺ジョー/後の先
Last-modified: Wed, 24 Jun 2020 23:51:27 JST (1078d)
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後の先とは塚原卜伝の新陰流の極意だが、これは技術的な示唆ではない。人間の意識というのは、実際の行動を起こす発端より0・35秒後にずれているのだ。
このことを卜伝は直観で知っていた。
気、殺気などと呼ばれるそれはニューロンの微電流である。離れて察知することは極めて難しいと考えられるが、17歳での真剣勝負以降幾度もの凄惨な闘いを通して、卜伝は体得したのである。抜く、と決める前に、すでに刀は斬撃の過程に入っている。
脳の集合無意識の一行動中枢がパルスを全身の神経路に送り、刀身は相手の急所に到達している。相手が斬られている、と察知するときには、勝負は決している。
老境にさしかかった卜伝は刀が鞘から抜けなくなってる事にふと気づいた。いつからか、敵の殺意をさらに遠くから感知できるようになり、事前に攻撃者から逃げおおせる事で血なまぐさい決闘暗闘と無縁になった。さらに長い時がたち、錆が刀に生じたのだ。
ふふ、ぬけぬけと、ここまでよく生き延びたものだ。卜伝は薄く笑い、朝餉の支度をした。火にくべた薪を抜けない刀で掻き回した。
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