海音寺ジョー/大阪駅の百円おばさん
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大阪駅に昔から伝わる、百円おばさんの話がある。
券売機で切符を買おうと小銭を出していると小汚い婆さんがやって来て、ちょっと天満まで行きたいんやけど財布を落としてしまって二十円しかないんや、すまんけど百円貸してくれないか、とせびってくるのだ。天満は、京橋だったり、桜ノ宮だったりもするが、せがんでくるのは毎回百円なのだ。ありていに言えば寸借詐欺なのだが、急いでいる乗客は百円ぐらいなら、と返すあてを聞くでもなくおばさんに百円玉を渡す。
ぼくはこの話を方々で聞いた。けっこう年配の人からも。三十年前の話でも、そのおばさんは大体五十歳半ばの風体なのだ。伝説のサンジェルマン伯爵みたいに、このおばさんは永遠に大阪駅の中に生きていて、通行客に百円をせびり続けるのかしら?とぼくは空想の翼を伸ばす。
とても愛想が良くて本当に騙されてしまう人もいるのだが、憎めなくて、結局笑って許してしまう。
「すまんね、すまんねえ、本当感謝するわ」
と大きい声で礼を言われることで、かえって気をよくする人もいる。不思議な話だ。金をとられているのに、幸せを覚えているのだ。
駅の大改装と大掛かりな駅前地のリニューアル、切符の電子カード化で、最近では百円おばさんの噂をとんと聞かなくなった。世の移り変わりに辟易して、姿を消してしまったのだろうか?
でもぼくは今でも、大阪駅を経由して会社に通いながら、会えるんじゃないかと心のどこかで期待している。ヘラヘラ笑いながら百円をせびってくる福の神に出会える事を。
ジャンル 
リアル、ファンタジー、怪談、大阪、街、妖怪、おばさん?、数字、僕
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初出/概要 
執筆年 
2016年?