よもぎ/百樂颱風
Last-modified: Wed, 14 Oct 2020 22:44:06 JST (1075d)
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海の彼方に目を細め老師はつぶやいた。
「嵐が來る」
「嵐?大きいの?」
「うむ・・百樂じゃ。すぐに支度を。弍鼓、皆に伝えよ」
弍鼓は村へと駆け出した。
老師は丘で鼓を奏す。村人が弦を管を鼓を鍵器を持って丘へ集まる。演が始まる。樂の音は次第に和を為し和は輪となり渦となっていった。弍鼓はその渦が立ち上る様に眼を凝らしていた。
「來たぞ!」
誰かが海を指さす。彼方から大きなうねりがやって來る。羽音のようであった。海鳴りのようであった。やがて弍鼓の耳にもそれがひとつの樂であることがわかった。弍鼓は高鳴る心臓の音で拍をとりながら迫り來る樂の音を聴こうとした。だがひとつひとつの音色を聴こうとしてもとても掴み切れない。
幾筋もの美しい旋律が絡み合う豊穣な樂であった。
幾つもの拍子がうねる果てしない波動であった。
熱気を孕んだ荘厳な樂の嵐が村を包む。その瞬間、弍鼓は眼前が白く暗転し生まれて初めて小さく身震いをした。村人の奏する小さな樂の渦もまた音の奔流に飲み込まれその壮大な綴れ織りに調和していく。誰もが歓喜と興奮に酔い痴れて樂の嵐に身をまかせた。
やがて訪れる静寂。人々は満たされて家路に着く。
少年は海の彼方を見つめ、凛、と鼓を叩いた。
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初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / 第3回トーナメント一回戦第10試合参加作
執筆年 
2004年?
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