よもぎ/春に降る雪なら桜の枝に
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なみだ?
ぽつんと触れた冷たさが消えないうちに、ぼくはそっと目をあけました。ひら、と白い花びらが部屋の中を舞っていました。手を伸ばすとそれははかなく溶けました。ぼくはベッドを抜け出して花の行方を追いました。花びらはほのかに光って流れてくるようでした。暗い廊下の果てにひとすじの灯りが漏れていました。ぼくはドアをあけました。白い部屋の真ん中にグランドピアノがありました。
(おじいちゃん?)
ぼくのおじいちゃんが白衣を着て音もなくピアノを弾いていました。おじいちゃんはぼくに気がつくと少し驚いてすぐに照れたように笑いました。
(おや、聴こえてしまいましたか)
(ううん。でも花びらが・・・)
(そうですか)
おじいちゃんは優しくて真剣な目で鍵盤を叩いていました。まるで患者さんを診る時のようでした。そして澄んだ音のかわりに淡い花びらがおじいちゃんのピアノから舞いあがり、部屋いっぱいに広がっていくのでした。
(おじいちゃん、ぼく明日1年生になるんだ)
(知っていますよ。おめでとう)
おじいちゃんは微笑んでいっそうなめらかにピアノを弾きました。ピアノからあふれでる無限の花ふぶきは風に乗って宙を舞い、あたりを白く染めていきました。
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初出/概要
超短篇・500文字の心臓 / MSGP2005 一回戦第13試合 参加作
執筆年
2005年?