まつじ/鈴をつける
Last-modified: Mon, 25 Apr 2022 23:08:53 JST (725d)
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菜の花が、果てまで広がっているのだ。
ほんの一瞬眼を閉じたら、案内してくれていた者ごと、もといた景色が消えてしまったようである。地平線から上半分が、空のようであり、そうでないようでもある曖昧な印象なのは、不安のせいであったのだろう。音もない。
どうやって見つければいいというのか、菜の花色が果てまで広がっている、思っていたよりも静かで、穏やかで、鮮やかな、初夏であった。
そこに私がひとり立っている。
右手に軽く力を入れ、中の感触を確かめる。
息を、吸って、止め、耳をすませる。
何も聞こえない。
まだ聞こえない。
息は止めたまま。
息は止めたまま。
ああ。
少し、背が伸びる。
ゆっくり体の向きを変えると広がるのはやはり曖昧な空と濁った黄色の風景で、彼らを踏み折らないよう、分け入るように進む。一つ一つを、よけるように、確かめながら進む。失礼します、失礼します、と言い君を探す。
面影のある、菜の花であった。
右手が緩む。
音を立てぬよう身を屈める。
抱きしめるには細い体に、なるたけ丁寧に糸で結ぶ。そのときを感じたら、風に揺れるふりをして呼んでほしい。そうしたら私は、君と並んで菜の花になりたい。
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初出/概要
超短篇・500文字の心臓 / 第114回競作「鈴をつける」 / 参加作
執筆年
2012年?
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