よもぎ/やわらかな鉱物
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月子さんは町の小さなパン屋さん。今夜はパンの試作などですっかり遅くなりました。そろそろ終わりと月子さんが戸締まりに向かうと外に男の子が立っておりました。男の子の手には百円玉がひとつ。「パン?待ってて」月子さんはいくつかのパンを袋にいれて手渡しました。「どうぞ。売れ残りで悪いけど」男の子はお金を渡そうとしましたが月子さんは受け取りません。すると男の子はポケットからオレンジ色の石を出して月子さんに手渡しました。石は温かく思いのほか重かったので月子さんは思わずしげしげと見てしまいました。そして顔を上げたときにはもう男の子はいなかったのです。石は乳白色にオレンジ色が混ざり合い、ときおり薔薇色や茜色がゆらめいて、まるで朝焼けの空のようでした。月子さんは不思議な気分で石を窓辺に置き、店の灯りを消しました。
翌朝、窓辺から甘い香りがしました。朝日に照らされたその石を手にとると、陽の当たっていたあたりがぷにっと柔らかく月子さんの指の形が石に残りました。匂いをかぐとハチミツのようなクチナシのような優しい香りがしました。月子さんは石の柔らかいところをひとつまみ、小さく丸めて口に含みました。石は口の中でほろほろとほどけ懐かしい甘さを残しました。月子さんはこの石をパン種にいれて焼こうと思いました。そしてきっとまたあの子に食べてもらおうと思いました。
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この話が含まれたまとめ 
評価/感想 
初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / 第132回競作「やわらかな鉱物」 / 参加作
執筆年 
2014年?