防具_特殊_頭防具 のバックアップ(No.7)
- 鎌鼬兜
- 煙羅面
- 女面
- 木霊のお椀
- 黒漆塗雁金形兜
- 翁面
- 猪前立兜
- 天狗面
- 烏帽子形兜
- 般若面
- 扇前立兜
- 怨霊鬼兜
- 金鯱頭立兜
- 象鼻兜
- 黒狐面
- 白狐面
- 三鈷剣前立兜
- 道鬼斎の兜
- 諏訪法性の兜
- 栄螺形兜
- 謀神の兜
- 怨霊面
- 鉄三枚張峯界形兜
- 塔婆後立兜
- 荒法師の袈裟頭巾
- 蝶形兜
- 鬼神面
- 六字名号兜
- 水牛脇立兜
- 錫杖後立兜
- 和冠形兜
- 唐冠形兜
- 藁編笠形兜
- 愛字前立兜
- 合子形兜
- 変わり冠形兜
- 龍頭形兜
- 赤河童兜
- 笠子形兜
- 熊頭形兜
- 蜷局蛇形兜
- 火焔光前立兜
- 兎耳脇立兜
- 毛虫前立鳥毛脇立兜
- 輪違い紋立纓後立兜
- 富士山形兜
- 総黒熊毛植兜
- 一の谷形兜
- 神符八日月前立兜
- 日輪前立兜
- 武蔵の鉢巻
- ねじれ角眼鏡兜
- 兎耳形兜
- すねこすり帽子
- 夜駆けの面頬
- 魑魅の骨帽子
- 酒呑童子の面
- 無明の面
- 仁王面・阿形
- 仁王面・吽形
鎌鼬兜
鎌鼬兜(かまいたちかぶと)は鎌鼬の姿を模った変わり兜。妖怪を兜の意匠とした例は多く見られる。着用することでその妖怪の加護が得られると信じられ、対峙する敵を威圧する効果もあった。この兜は、鎌鼬の素早さと刃の鋭さにあやかろうとしたものであろう。
煙羅面
煙羅面(えんらめん)は煙の妖怪である煙々羅(えんえんら)をかたどって作られたとおぼしき面。常に煙が立ち上っており、触れるとほのかに温かい。材質がよくわからないことを含め謎が多く、妖怪が作った品とも噂されている。しかしその出来映えは素晴らしく、好事家の間では高値で取引されるという。
女面
女面(おんなめん)は、舞や能に用いる面の一種。一般的な女性を模しており、年齢や性格を演じ分けるために多様な種類がある。
木霊のお椀
木霊のお椀(こだまのおわん)は、長い間使われて古ぼけ、ところどころが欠けているお腕。木霊はこういった古びた器のたぐいを好んで頭にかぶる。
日本では長い年月を経た道具には神や霊が宿ると信じられており、廃棄する際には感謝を込めて供養を行う風習があった。
黒漆塗雁金形兜
黒漆塗雁金形兜(くろうるしぬりかりがねなりかぶと)は、変わり兜の一種。雁金は日本に渡来する渡り鳥で、幸せを運ぶ鳥とされた。この鳥を図案化したものが雁金紋で、信濃源氏が用いたことから信州で多く見られる家紋となっている。この兜の形状は雁金紋とは上下が逆だが、優美な曲線が見事に表現されている。
翁面
翁面(おきなめん)は、舞や能に用いる面の一種。老齢の男性を模しており、天下泰平や子孫繁栄などの例えとされる。
猪前立兜
猪前立兜(いのししまえだてかぶと)は、今川家随一の猛将、岡部元信(おかべもとのぶ)所用と伝わる兜。猪は陽炎を神格化した女神、摩利支天(まりしてん)の乗騎で、その眷属とされる。摩利支天の加護を受けた者は傷を受けることがなく、進路の障害になる災難や厄が除かれるとして武士から信仰を集めた。
天狗面
天狗面(てんぐめん)は、舞や能に用いる面の一種。天狗を模している。天狗は修業により不思議な法力を身につけた妖怪とされる。
烏帽子形兜
烏帽子形兜(えぼしなりかぶと)は、当世具足に付随する変わり兜の一種。鉢の部分が真上に長く伸ばされ、烏帽子に似せた形状になっている。己を大きく見せて、相手を威圧できることから、多くの武将に好まれた。
般若面
般若面(はんにゃめん)は、舞や能に用いる面の一種。諸説あるが恐ろしい形相の鬼女を模すとされ、深い恨みや嫉妬などの例えとされる。
扇前立兜
扇前立兜(おうぎまえだてかぶと)は、変わり兜の一種。金箔押しの扇を前立としている。遠くから見てもよく目立つ意匠を立物とすることは、広く戦功を誇示したい武将にとって非常に重要なことだった。
怨霊鬼兜
怨霊鬼兜(おんりょうきかぶと)は、巨大な鬼の妖怪、怨霊鬼の頭部を模した兜。鬼とは人の力を超えた存在であり、並外れた強さや恐ろしさを象徴する。この兜は鬼の強さにあやかり、敵に恐怖を与えるべく作られたものであろう。闇の中でも光を放つ角は本物の鬼の角が使われているとされ、鬼の祟りを恐れぬ豪胆な者だけが着用する。
金鯱頭立兜
金鯱頭立兜(きんしゃちずだてかぶと)は、変わり兜の一種。鉢の天辺に付けられた金鯱の頭立が特徴。鯱は虎の頭を持つ想像上の海獣で、鬼瓦と同様に城郭等の屋根に飾ることで建物を守護するとされる。火事の際には、口から水を噴き出して消火してくれるという。
象鼻兜
象鼻兜(ぞうはなかぶと)は、変わり兜の一種。鉢の天辺に象の鼻を模した意匠が施されている。戦国時代、東南アジアから象が日本に贈られた記録があり、当時描かれた南蛮屏風にも象の姿がある。
黒狐面
黒狐面(くろきつねめん)は、能楽や神楽、祭りなどで用いられる仮面。黒い狐は黒狐(こくこ)と呼ばれる神獣で、北斗七星の化身として泰平の世に姿を現すという。そのため、平和と五穀豊穣を祈念する祭りで主に用いられる。
白狐面
白狐面(しろきつねめん)は、能楽や神楽、祭りなどで用いられる仮面。狐は害獣である鼠を捕食し、尻尾の形が稲穂に似ているため、豊穣を司る農業神、お稲荷(いなり)様の使いとして崇められるようになったという。特に白い毛色を持つ狐は白狐(はくこ)と呼ばれ、人々に幸福をもたらす善狐(ぜんこ)の代表格だという。
三鈷剣前立兜
三鈷剣前立兜(さんこけんまえだてかぶと)は、徳川家四天王の一人、榊原康政(さかきばらやすまさ)所用と伝わる兜。三鈷剣は不動明王が右手に持つ降魔の利剣で、あらゆる災難や厄を切りはらうという。不動明王は日本仏教の多数の宗派および修験道で信仰対象となっており、庶民にも広く信仰された。
道鬼斎の兜
道鬼斎(どうきさい)の兜は、甲斐国(現在の山梨県)の戦国大名、武田信玄に軍師として仕えた、山本勘助(かんすけ)の所用と伝わる兜。伝統的な鍬形を前立に配した頭形兜で、着用者の片目を庇うための眼帯が付属する。隻眼で知られる勘助は牢人の身から信玄側近に取り立てられ、高い知謀を駆使して勢力拡大に尽力した。主君からの信頼に忠節で応え、信玄が出家すると自らも出家して道鬼斎と号したとされる。川中島(長野県北部)の戦では、敵勢の裏をかくため、巧妙な陽動作戦である「啄木鳥(きつつき)策」を進言。しかし越後(新潟県)の軍神、上杉謙信に見破られたため、その責を一身に負って単身敵陣に斬り込み、壮絶な最期を遂げたという。
諏訪法性の兜
諏訪法性の兜(すわほっしょうのかぶと)は、「甲斐(現在の山梨県)の虎」と呼ばれて最強の戦巧者と称えられた戦国大名、武田信玄が愛用したという兜。鎌倉出身の名甲冑師・明珍(みょうちん)の製作という。鉄鉢に白熊(はぐま)とも呼ばれる舶来のヤクという動物の尾毛を埋め、眉庇(まびさし)に乗るように魅(しかみ)と呼ばれる鬼面が立てられている。諏訪法性は諏訪明神そのものを表し、家祖以来久しく諏訪明神を信奉してきた武田家当主は神仏になり代わってその親政を司る気概でこの兜を着用したとされる。入手困難な舶来の素材を用いた兜は唐の頭(からのかしら)と呼ばれて珍重され、徳川家康を始め多くの大名に愛用された。
栄螺形兜
栄螺形兜(さざえなりかぶと)は、変わり兜の一種。鉢の部分にサザエの殻を模した装飾が施されている。貝殻は防御力の高さを象徴している。また、サザエは漢字に「栄」の字が入ることから、縁起物として好まれた。
謀神の兜
謀神の兜は、安芸の国人領主から、中国全域を支配する大大名にのし上がった、毛利元就所用の兜。阿古陀形(あこだなり)と呼ばれる前後にふくらみのある筋兜(すじかぶと)で、前立は左右の鍬形の中央に密教の法具である三鈷(さんこ)と剣が立てられている。吹き返しなど各所に施された細かな彫金が豪華さを醸し、大大名にふさわしい兜に仕立てられている。
怨霊面
怨霊面(おんりょうめん)は、舞や能に用いる面の一種。死霊を模しており、この世への未練や深い悲しみなどの例えとされる。
鉄三枚張峯界形兜
鉄三枚張峯界形兜(てつさんまいばりほうかいなりかぶと)は、越後の龍の異名を持ち、最強の戦国武将として恐れられた上杉謙信が所持していたとされる変わり兜。峯界形とは、山脈を模った形状を意味する。日本において山は信仰の対象であり、この兜は山の霊力を着用者に宿す意味合いを持つものであろう。
塔婆後立兜
塔婆後立兜(とうばうしろだてかぶと)は、変わり兜の一種。後立に卒塔婆(そとうば)を立てている。卒塔婆とは、亡者の供養のために建てる供養塔を簡略化したもので、その正面には漢字や梵字で経文などが記される。
荒法師の袈裟頭巾
荒法師の袈裟頭巾(けさずきん)は、源義経に仕えた武蔵坊弁慶が着用したと伝わる袈裟頭巾。弁慶は怪力を誇った荒法師で、義経と出会ってからは忠臣として付き従い、義経を守って「弁慶の立ち往生」と呼ばれる壮絶な最期を遂げた。彼の象徴とも言える袈裟頭巾は、僧兵や法師武者が用いた戦装束の一つで、兜の上からかぶった頭巾のこと。「行人包」(ぎょうにんづつみ)とも呼ぶ。
蝶形兜
蝶形兜(ちょうなりかぶと)は、変わり兜の一種。鉢全体が蝶を模した形状になっている。正面から背面にかけて、柔らかな蝶の羽根が巧みに表現され、美術品としての価値も高い優美な兜。
鬼神面
鬼神面(きしんめん)は、舞や能に用いる面の一種。鬼のように恐ろしい形相の神を模しており、激しい怒りなどの例えとされる。
六字名号兜
六字名号兜(ろくじみょうごうかぶと)は、織田信長の小姓として仕えた森蘭丸の所用と伝わる変わり兜。黒塗りの南蛮兜に六字名号を浮き彫りした前立が飾られている。六字名号とは「南無阿弥陀仏」の六字のことで、阿弥陀仏への帰依を意味する。この六字名号を唱えれば死後に浄土へ行けるとされており、これを前立にすることで、戦いに臨む際の決死の覚悟を示したものと思われる。
水牛脇立兜
水牛脇立(すいぎゅうわきだてかぶと)は、変わり兜の一種。鳥羽で飾り立てた鉢から突き出す、水牛の角を模した長大な脇立が、見る者を威圧する。角部は木製の金箔押して、見た目よりも軽量な作りになっている。
錫杖後立兜
錫杖後立兜(しゃくじょううしろだてかぶと)は、変わり兜の一種。後立に錫杖がそびえる大胆な意匠が特徴。錫杖は先端にぶら下げた金属の輪が互いにぶつかり合うことで音が鳴る仕組みになっており、その音には悪霊を退ける効果があるとされる。
和冠形兜
和冠形兜(わかんなりかぶと)は、変わり兜の一種。異国の役人が被る冠を模した兜を唐冠形兜(とうかんなりかぶと)と言うのに対し、日本の冠を模した兜を和冠形と呼ぶ。纓(えい)と呼ばれる板状の後立が、縦向きに付けられるのが特徴。
唐冠形兜
唐冠形兜(とうかんなりかぶと)は、変わり兜の一種。日本の役人が被る冠を模した兜を和冠形兜(わかんなりかぶと)と言うのに対し、異国の冠を模した兜を唐冠形と呼ぶ。纓(えい)と呼ばれる板状の後立が、横に張り出して付けられるのが特徴。
藁編笠形兜
藁編笠形兜(わらあみがさなりかぶと)は、豊臣秀吉に仕えた仙石秀久の所用と伝わる変わり兜。藁を縄で束ねた編み笠が緻密に造形されている。脇立に飾られた金色のシダの葉は、見た目に華やかなだけでなく、鉢の外周を囲むように円を描くことで、実際よりも大きく見える工夫が施されている。秀久は織田信長の命で秀吉に仕えて以来、姉川の合戦から小田原征伐まで、数多くの戦で武功を立てた。この兜がどの戦で用いられたかは定かではない。
愛字前立兜
愛字前立兜(あいじまえだてかぶと)は、上杉景勝を軍政両面で支えた知勇兼備の重臣、直江兼続(なおえかねつぐ)が所有したと伝わる兜。錆漆(さびうるし)を施した重厚な六十二間筋兜で、大きな「愛」の一字と、吉祥を表す瑞雲を前立に置く。愛の字は、勝軍地蔵菩薩の別名で知られる軍神、愛宕権現(あたごごんげん)にあやかったものとされる。上杉家の先代、謙信が毘沙門天を信奉し「毘」の字を旗印に用いたほか、古くは聖徳太子が四柱の守護神を奉じて大坂に四天王寺を建立するなど、多くの武人が戦勝を祈願して軍神の名を掲げた。
合子形兜
合子形兜(ごうすなりかぶと)は、変わり兜の一種。お椀をひっくり返したような鉢が特徴。豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛に愛用されたことで著名。合子とは蓋付きの椀のことで、常に椀と蓋を一対で使用することから、この兜は何らかの絆を表現した造形だと思われる。
変わり冠形兜
変わり冠形兜(かわりかんむりなりかぶと)は、織田家の重臣、池田恒興(いけだつねおき)所用と伝わる兜。頭部を覆う兜鉢は元斎藤家家臣、日根野弘就(ひねのひろなり)が考案した日根野頭形(ひねのずなり)と呼ばれる曲線的な形状で、鉄砲の直撃を受けにくい。
龍頭形兜
龍頭形兜(りゅうずなりかぶと)は、鬼武蔵の異名で知られる織田家の猛将、森長可(もりながよし)所用と伝わる変わり兜。日本における龍は慈雨や豊漁をもたらす水神であり、龍の形をした飾り物は縁起がよいとされた。そのため、兜だけでなく鐘や仏具、船のへさきや籏先などにも取り付けられた。



























































