武器_近接_手斧 のバックアップ(No.4)
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- 1 (2023-08-18 (金) 01:24:59)
- 2 (2023-08-18 (金) 03:16:17)
- 3 (2023-08-18 (金) 04:19:53)
- 4 (2024-07-22 (月) 17:44:18)
木の手斧
木の手斧(きのておの)は、武術の稽古に用いる一対の木製の手斧。激しく打ち合っても折れないように硬いカシ材で作られており、当たり所が悪いと稽古でも死傷者が出ることもある。
野伏せりの手斧
野伏せりの手斧(のぶせりのておの)は、小型で取り回しのよい一対の斧。投擲しやすいように重心が調整されている。
奇兵の手斧
奇兵の手斧(きへいのておの)は、奇襲作戦に従事する兵に好んで用いられた一対の手斧。敵の不意を討つためには道なき道を進まねばならないことも多く、藪を切り払う用途にも使える手斧は便利な武器であった。
山賊の手斧
山賊の手斧(さんぞくのておの)は、山野に潜んで旅人や行商人を襲う山賊が武器として好んで用いた手斧。襲撃に際して投擲で機先を制することができるほか、山中を移動する際に邪魔な低木を切り払えるなどの利点があった。
戸隠流の手斧
戸隠流の手斧(とがくしりゅうのておの)は、戸隠流の忍者が用いた一対の手斧。戸隠流は信州の戸隠山を根拠地とする忍者集団で、この山は古くから山岳修行の場でもあるため修験道との関係が深い。
凶賊の手斧
凶賊の手斧(きょうぞくのておの)は、凶悪な盗賊が犯行に用いたと伝えられる手斧。平安時代に大量の商人を殺害して金品を奪ったという札付きの盗賊、袴垂(はかまだれ)の持ち物であったとも。多数の被害者の無念と怨嗟が怨霊と化してとり憑いており、妖しいほどの切れ味を示すという。刃に刻まれた象形文字は敵に災いをもたらす呪いの一種らしく、軽く傷つけられただけでも死に至ることがあるという。
行者の手斧
行者の手斧(ぎょうじゃのておの)は、山岳修行を行う行者が用いた一対の手斧。山岳での生活に用いるのはもちろん、山に巣食うあやかしと戦うことも想定されており、護摩の儀式によって清められ魔を退ける力を持つという。
忍びの手斧
忍びの手斧(しのびのておの)は主に忍者に用いられた一対の手斧。斧頭の下部が鉤状になっており、忍者はこれを戦闘以外のさまざまな用途にも活用したという。
僧兵の手斧
僧兵の手斧(そうへいのておの)は僧兵が好んで用いた一対の手斧。仏教で用いられる法具に似た意匠が施されている。僧兵とは大規模な寺院において雑役に従事する衆徒が、戦乱期に自衛のために武装したものをいう。法師武者とも呼ばれた。
豪傑の手斧
豪傑の手斧(ごうけつのておの)は、とある豪傑が愛用したと伝えられる一対の手斧。柄に鮫皮が巻かれており、滑りにくく手に馴染みやすい。二丁斧の豪傑、鉄牛が登場する異国の物語「水滸伝」を伝え聞いた無名の鍛冶師が、その得物を再現すべく鍛えたもの。譲り受けた武芸者は鍛冶師から由来を聞かされてたいそう喜び、鉄牛に並ぶ豪傑たらんと腕に磨きをかけた末、黒旋風(こくせんぷう)の名に相応しい活躍をしたが、なぜか泳ぎが苦手になり手斧を持ったまま溺死したという。
山伏の手斧
山伏の手斧(やまぶしのておの)は、山伏が修行の際に携えたという一対の手斧。修験道の行者である山伏は、各地の霊山など険しい山岳に入って修行するため、山野を歩く際に有用な各種の道具を携行していた。斧は主に行路を切り開くためのものだが、山に棲むあやかしを退けるためにも用いられた。
風魔の手斧
風魔の手斧(ふうまのておの)は、北条家に仕えた忍者、風魔衆が用いた一対の手斧。風魔衆は箱根山を根拠地としており、山中行動に便利な手斧を携えることが多かった。険しい箱根山と風魔衆の守りにより、小田原の西の防備は鉄壁であったという。
羽黒流の手斧
羽黒流の手斧(はぐろりゅうのておの)は、羽黒流の忍者が用いた一対の手斧。各部に密教の法具に似た意匠が見てとれる。羽黒流は修験道を兼ねており、山伏として修業する際にはこの手斧を携えて入山したという。
武芸者の手斧
武芸者の手斧(ぶげいしゃのておの)は、手斧の技を武芸として研鑽する武芸者が用いた手斧。武芸を極めるにはあらゆる武器に精通すべし、という信念のもと、修行に励む武芸者は少なからず存在した。そのような者達は、戦場ではめったに用いられることのない武器にも興味を示し、効果的な使い方およびその対抗手段を研究した。
灼炎
灼炎(しゃくえん)は、炎の力を宿した一対の手斧。火の神を祀る社に数百年の間奉納されていた品を、名工の手になる刀を代わりに納めて取り出したと伝えられている。斬撃や投擲の際に炎を発し、敵を焼き滅ぼすという。
氷嶽
氷嶽(ひょうがく)は、氷雪の力を宿した一対の手斧。伝承によると陸奥国の奥地には一年を通じて氷に閉ざされた山があり、ある者が神託を受けてその山に赴き氷の中から掘り出した品とされる。この手斧の一撃を受けたものは凍り付くような冷気に包まれ、続く攻撃に対し脆弱になり討ち取られてしまうという。
瓶割りの二丁斧
瓶割りの二丁斧(かめわりのにちょうおの)は、柴田勝家が愛用した一対の手斧。斧頭には柴田家の家紋である「丸に二つ雁金」が象嵌されている。勝家は守城を攻められ水源を断たれる窮地に陥った際に、残った水瓶を打ち割って出撃。配下と共に決死の覚悟で戦って見事に勝利を得たという。この手斧の名はその逸話に由来する。
震雷
震電(しんらい)は、雷の力を宿した一対の手斧。伝承によると、信濃国で神木が落雷により真っ二つになったという出来事があり、木の裂けめの中から一対の手斧が取り出されたという。これが神木の中に封じられていたものか、雷とともに天から落ちてきたものかは説が定まっていない。
前鬼・後鬼
前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)は、修験道の開祖とされる伝説の行者、役小角(えんのおづぬ)が用いたと伝えられている一対の手斧。彼が使役したとされる二体の鬼神がそれぞれ宿っており、主の命に従って飛来し悪鬼羅刹を打ち砕くという。
百鬼の手斧
百鬼の手斧(ひゃっきのておの)は、鬼の意匠が施された一対の手斧。銘が刻まれていないため誰の作かは不明だが、鬼気迫る出来映えで見る者の目を奪う。鬼を冠する多くの言葉が示すとおり、日本において鬼とは強さの象徴である。この手斧は、カや技といった理を超えた鬼の強さにあやかろうとしたものであろう。
日輪・月輪
日輪・月輪(にちりん・げつりん)は、太陽と月の力を宿すといわれる一対の手斧。薬師如来の両脇に侍る日光菩薩と月光菩薩の加護が与えられているとされ、日輪は灼熱の光により闇の奥底に潜み棲む魔さえも暴きだして討ち、月輪は清涼な光で持ち主を包み悪しき気から守るという。
波切の二丁斧
波切の二丁斧(なみきりのにちょうおの)は、坂田金時が用いたという一対の手斧。酒呑童子討伐を描いた絵巻によれば、金時はこの手斧を携えて討伐に臨んだとされる。海に現れたあやかしへ金時が手斧を投げ放ち、あやかしは大波を起こしてこれを防ごうとした。しかし、手斧は大波を切り裂いてあやかしを打ち倒し、さらに手元まで戻ってきた。その威力と鋭さを讃え、波切と名付けられたという。
黒雨・霹靂
黒雨・霹靂(こくう・へきれき)は雷と水、二つの力を宿した一対の手斧。大陸から伝来した品で、五行の理を極めた道士により作り出されたという。黒雨とは激しい雨、霹靂とは急な落雷のこと。どちらも雷雲より生じるものであり、その関連性により異なる二つの属性を調和させ、一対の武器として成り立たせている。






















