クソ小説/書き方指南 のバックアップ(No.3)
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はじめに
このページに書いてあるのはクソ小説の書き方なので通常の小説向けではない。
逆に言うと守らなければクソ要素が減っていく事になる。
ただし、クソ要素が減るだけなのでそれがクソ小説でない保証は無い。
抑えておきたいポイント
キャラは常に全力の自分にしよう!
通常はキャラ同士の知識や能力の差をつけるものだ。
僕が知っている事やできる事を全人類が同じようにできるわけがない。
だが、クソ小説ではそんな事も言っていられない。
登場人物の知っている事は作者の知っている事だけ、できる事は作者の頭の中で組み立てられるものだけだ。
頭の良いキャラが「忌憚ない」という言葉を知っていて使うのであれば、頭が悪いはずのキャラも「忌憚ない」という言葉を使うようにしよう!
大事なのはキャラを通じて作者である自分が「難しい言葉を知ってるんだぜ!」と気持ち良くなる事である。
言いなりになって偶数個にしよう!
「ダッシュや三点リーダは偶数個でなければならない」というルールが存在する。
そのため奇数個になっていると読者が叩き始めるというのを見られる場所が実在する。
が、これ実は出版業界の体裁の都合なので、プロになるつもりが無く電子媒体となるweb限定公開なら当てはめるのがそもそも無意味な話である。
ドヤ顔で指南をしている奴を見ると「そういうルールだから」という理由が書いてあるのを見かける事があるだろう。
これはただの日本人特有の「合理的な理由は説明出来ないが、時代遅れの不便さを強要するスタイル」でしかないと思って良い。
本当に能力のある人間なら、相手の状況や能力を鑑みて合わせる事が出来るが、それが出来ないくらいの能力しか持たないという事の証左でもある。
が、少し待ってほしい。
ダッシュに関して偶数個の使用は間違いではない。
例えば以下のような文章があったとする。
―個人の意見だ。
どう見えただろうか。
余韻のある「こじん」にも「いっこじん」にも見えるはずだ。
──個人の意見だ。
ダッシュはこのように偶数個にする事で誤読が防止できる。
文末に1個だけ付けると間の抜けた感じで音が伸びているように見えるし、文章の補足として差し込む時に使うのもやはり1個ずつで挟むと伸びているように見えるだろう。
よってダッシュに関しては偶数個(基本2個)使用しようというのは理に適っているのだ。
なお、こんな分かりやすい利点があるのに「そういうルールだから」以外の理由が書いてある解説を見た事は無い。
続いて三点リーダだが、こちらはweb媒体の利点を殺してしまって完全に表現の幅を狭めている。
仲間の死を告げられた人という体で例文を出そう。
例1
「……死んだよ。」
「そう、ですか。」
例2
「……死んだよ。」
「そう…ですか。」
例3
「……死んだよ。」
「そう……ですか。」
例4
「……死んだよ。」
「そう…………ですか。」
登場人物の性格次第ではあるが、1は思う事はあるが特に心が揺れるわけでもない、2は死ぬだろうなという気がしていて覚悟していた、3は動揺はしているが受け止めようとしている、4は激しく動揺している、といった形でそれぞれ明確に差がある。
読点と三点リーダ1個では役割がほぼ同じだとする意見もあるが、出版物にしないという大前提があれば文字から受ける印象の微妙な差異でこういった表現が可能になる。
よってweb媒体に限り三点リーダは自由な個数で使うべきだろう。
ただし沈黙や間を表現するための文頭ダッシュが2個のため、それに合わせて文頭の三点リーダは2個にすると綺麗で読みやすくなるはずだ。
また、これらの事を理解した上で三点リーダにも偶数ルールをわざと適用し、三点リーダが他のキャラの半分の登場人物というのを作る事ができる。
頭の回転が早いから沈黙も短い、やけに早口だから沈黙という間も短い、といった表現だ。
もうお分かりだろう。
クソ小説を書くためには自分から表現の幅を捨てて非合理的な世界に入る必要があるので、偶数個ルールには必ず従い、自分で表現の幅を狭めるのが正解だ!
表記揺れしよう!
まともな作品というのは作者が設定を理解している。
だが、クソ小説の作者なんて自分の作品の設定をよく分かっていないので頻出単語が表記揺れを起こした方がクソ小説としてリアリティがある。
例えば主人公の剣が「ヴィクトリーソード」というカッコイイナマエだったとすると「ビクトリーソード」のような表記揺れがおすすめだ。
台詞だけで話を進めよう!
クソ小説でまともな心理描写・情景描写・説明などできるはずもない。
代わりに登場人物の台詞を使うのだ。
文字数の節約にもなるぞ!
誤
「よし、次はマイクーラの街を目指そう。」
──マイクーラの街。街の下層にあるブランチ採掘洞は大昔から良質な鉱石の産地として知られており、この国の貴重な資源地の1つだ。有名な鍛冶師の多くが居を構えている事でも知られている。
「そうだな。そこでなら折れてしまったヴィクトリーソードも直せるかもしれない。」
正1
「よし、次はマイクーラの街を目指そう。」
「そうだな。材料が豊富で有名な鍛冶師の多くが居るらしいマイクーラの街なら折れてしまったヴィクトリーソードも直せるかもしれない。」
正2
「よし、次は鉱石が豊富で有名な鍛冶師達が住んでるマイクーラの街を目指そう。」
「そうだな。そこでなら折れてしまったヴィクトリーソードも直せるかもしれない。」
矛盾しよう!
クソ小説の設定や描写には整合性が無いので積極的に矛盾を起こすべきだ。
例えば現代日本の社会人の記憶を完全に引き継いで異世界転生したのに買い物の仕方が分からない、戦争が起きる事の問題性が分からない等である。
ただ淡々とつまらないのでは読者というのは離れてしまう。
ツッコミ所が豊富にある事によって続きが気になる作品として仕上がる。
知ってて当然だ!
特に何の説明も無くゴブリンやスライムといった生物を登場させるべきである。
ファンタジー生物の設定を考える能力やそれを説明する能力はクソ小説の作者には基本的に無い。
読者はこの程度知っていて当たり前、読者の理解で完成する読者参加型の小説を書いているのだという誇りを持とう!
システムでーす!
ゲームの世界でも何でもない異世界への転生で是非使いたい手法がある。
成長した事を伝えるために「○○はレベルが上がった。○○を習得した。」といった事を記載したり、「○○は○○のアビリティを発動した。」といったゲームのシステムログのような文章を使う事だ。
ただし、これだけではまだ生ぬるい。
武器を持つではなく武器を装備する、装備にはスロットというものがあってそこに効果をはめ込む。
ゲーム系の世界観にしろよと言いたくなるが、これ以外に表現する方法が無いからこそクソ小説なのだ。