小紫芳夫 のバックアップ(No.1)


小紫芳夫は、日本の実業家、経営者。

歴任は、横浜倉庫株式会社旧社長、日本臓器移植ネットワーク会長、日本馬主協会連合会会長。

略歴 Edit

  • 横浜倉庫株式会社社長
  • 日本臓器移植ネットワーク会長
  • 日本馬主協会連合会会長
  • 1986年 腎臓移植普及功労者として厚生大臣から感謝状授与

人物 Edit

横浜倉庫株式会社の代表取締役社長を務めると同時に、日本臓器移植ネットワーク会長・日本馬主協会連合会会長としても活動。

特に日本馬主協会連合会会長として8年間務め、自身も馬主として競馬界に関与。賞金や出走手当の分野で選手の地位向上に努めた。

1986年(昭和61年)には、臓器移植の分野で活躍し、厚生労働省から感謝状を授与される。

横浜倉庫株式会社 Edit

横浜倉庫株式会社は、東京都港区海岸に本社を置く倉庫事業者である。

企業概要 Edit

  • 社名 横浜倉庫株式会社
  • 創立 明治39年(1906)9月18日
  • 資本金 1億円
  • 代表取締役社長 小紫 嘉之
  • 営業種目 普通倉庫、保税倉庫、冷蔵倉庫、倉荷証券発券倉庫、通関業、貨物利用運送事業、不動産賃貸、前各号に付帯する業務
  • 所在地 〒108-0022 東京都港区海岸3-20-20 ヨコソーレインボータワー13階TEL.03-3452-3411 FAX.03-3452-3465

企業沿革 Edit

  • 1906年9月(明治39) 横浜倉庫株式会社創立(資本金380万円)
  • 1907年5月 横浜市神奈川区地先公有水面埋立の設計変更認可(明治38年免許取得、437,374㎡)
  • 1908年12月 埋立地の一部に倉庫10棟が完成、営業開始
  • 1912年7月 埋立工事完了(一部譲渡により埋立面積は371,213㎡)
  • 1912年10月(大正元) 埋立地の大部分を当社初代社長・千坂高雅と専務取締役・若尾幾造の1字ずつを取り千若町と命名(一部は新浦島町に編入)
  • 1934年2月(昭和9) 倉庫49棟を増設、京浜地区屈指の倉庫会社となり、全国8大倉庫の一つに数えられる
  • 1945年5月 横浜大空襲により倉庫、建物及び専用鉄道全焼
  • 1945年9月 進駐軍により社有地115,703㎡及び専用鉄道等施設の全てが占領され、休眠会社となる
  • 1953年8月 営業再開を目指し、千若町地先公有水面の埋立に着手(大正12年取得の185,511㎡の埋立免許)
  • 1958年4月 埋立事業を推進した取締役・鈴江繁一の功績を称え、竣工した埋立地を鈴繁町と命名
  • 1959年1月 横浜市の強い要請を受け、埋立地・鈴繁町を米軍に再度提供、横浜での営業再開を断念
  • 1961年11月 東京都墨田区所在の墨田川造船株式会社を傘下に収める
  • 1963年7月 上記造船会社の敷地の一部に墨田営業所を開設、戦後18年ぶりに東京で倉庫営業を再開
  • 1964年7月 芝浦営業所開設
  • 1965年4月 品川埠頭営業所開設
  • 1968年8月 辰巳出張所開設
  • 1968年12月 元所有地・新浦島町が接収解除により返還となり、国から買戻しを受けて東神奈川営業所を開設。23年ぶりに横浜で営業再開
  • 1972年12月 千若町の接収解除に伴い、跡地利用で横浜市と競合したため、鈴繁町地先公有水面の埋立免許取得(97,705㎡)
  • 1973年3月 東神奈川営業所の敷地を関東郵便局に譲渡、東神奈川営業所を廃止
  • 1975年3月 鈴繁町地先公有水面埋立竣工認可(埋立面積111,275㎡)
  • 1975年10月 鈴繁埠頭営業所開設
  • 1975年11月 厚木営業所開設
  • 1993年6月(平成5) お台場営業所開設
  • 1995年2月 芝浦営業所跡地に新本社ビル「ヨコソー レインボー タワー」竣工
  • 2000年9月 品川埠頭営業所に7階建新館倉庫完成
  • 2004年2月 横浜市神奈川区出田町に新たに東神奈川営業所開設
  • 2005年9月 創立100年記念行事挙行
  • 2011年4月 綾瀬出張所開設
  • 2019年11月 AEO認定通関業者の認定取得