遅番パートのフェイが、嬉しそうにゆってきた。
『松尾さん、新しい日本語覚えたヨ』
フェイさんは不法入国してきた中国人娘で、最近俺の勤める相々橋筋の居酒屋にバイトで入ってきた。正規の日本語教育を受けていないよって、片言の日本語しか喋れない。
『うん、どんな言葉ですか?』
『イーゴ、イーチェー!』
それは日本語なんけ?
フェイが片言で説明を始める。
『人はー、人にー会うときは、それっきり、一度きりにーなるかもしれない。だから、会うはー、大切なことです。という意味ネ』
それで一期一会のことだとわかった。
『それは、イチゴイチエって言います』
『そうカ、イチゴーイチエだたか。日本語難しいねえ』
フェイは照れ笑いする。
オレはフェイには丁寧な言葉を使う。悪い言葉や卑語は、彼等はすぐに覚える。でも、接客仕事には敬語ができなあかんから、俺の言葉をフェイが真似するように、わざと丁寧な言葉を使ってるんや。
『フェイ、フェイが日本語をちゃんと話せる、そうなったら、時給が上がる。だから頑張ってください』
『松尾さん、前にも同じこと言ったね。前の前にもネ。ワタシ時給、まだ上がんないヨ?』
『オレだって安月給やぜ。でも、イーゴイーチェは、よく勉強したよな、偉いなフェイ!』
『へへへへ』
あてにならない口約束で世界は満ち満ちている。ドブタメのような場末の町であくせく働きながら、生活に倦みながら、だけどイチゴイチエはいい言葉だよなーと、その時俺は思った。