「ピクニツクにいこう」あなたはさう云ってくだすつたのでした。
さうして今日、秋晴れの空の下わたくしたちはあの渓谷を散策してゐます。
目に染みるやうな紅葉は以前と少しも変わりません。
なのにあなたは何故黙つてゐるのでせう。
(あの噂は本当なのでせうか)
ああ、この吊り橋おぼへています。
あの時はわたくしがあんまり怖がるのであなたはわたくしの肩を抱いて渡つてくださつたのでしたね。
今日はわたくしをおいて一人で行つてしまふのですか。
(あの噂は本当なのでせうか)
立ちすくむわたくしに気づき、あなたは手をさしのべてくださいました。
あなたの手を握り、あなたの背を見つめ。ゆるゆると吊り橋の中程まで来た時、
あなたは不意にわたくしを振り返りました。
「あの噂は本当なのでせうか」
あなたの目がゆらゆらと揺れました。
あなたの手がわたくしの手を離れ、吊り橋が揺れました。
秋晴れの空がわたくしの視界いつぱいに拡がりました。
わたくしの脇から天へ向つて紅葉がざあと流れてゆきました。
それがわたくしの秋の日の思ひ出になつたのでした。