一匹だけ黒かったのでその金魚だけがクロと名付けられ、他はただアカ達と呼ばれていた。エサの時間になると彼らは水面に群がり貪った。しかし小さなクロはアカ達に押しのけられ追い回された。私はそれを可哀想に思い、クロをヒイキした。クロが水面近くにいる時だけエサをやるようにしたのだ。貪欲なアカ達はすぐにその事に気づき、いっそうクロをいじめるようになった。クロはアカ達が近づくと痩せた黒い体をよじって逃げた。自分だけが潜れる巻貝の中へ、水草の陰へ。やがてクロは人前に出て来なくなった。時おり一瞬の残像のように黒い尾がちらりひらり。クロを見かけなくなってしばらくしたある日、水を交換するためにアカ達を水草を巻貝を水槽から出したが、クロの姿はもうどこにもなかった。それでも夜トイレの帰りにふと水槽を見ると黒い尾がゆらりと消えていくのを見たりするので、クロはまだ生きているのかななどと思う。