扉を開くと、乾いた音の鐘が鳴る。穏やかで愛想のよい給仕が、若干気取ったふうに私を席に案内する。
無臭?
まさか砂糖の消費が制限される日が来るとは私も妻も、この給仕も思わなかっただろう。今ではすっかり高級食材、高級料理である。給仕が丁寧な仕草でメニューを寄越して、一旦、テーブルを離れる。異国で独り、妻と子の笑顔を回想する。少し古くて厳つい木製のテーブルが回想を繋ぐ。せめて一度食べさせてやりたかった。妻と子が笑うのを空想する。あちらでグラスに落とされた氷が軽く音を立てる。金などない。言葉も分からない。
背広の内側に拳銃の重みがある。
少し古くて厳つい木製のテーブルが、回想と空想を呼ぶ。給仕が近付く。私の右手は滑るように動いただろう。私は立ち上がって叫ぶ。人質になる給仕が持っていた盆から落ちたグラスがもうすぐ砕ける。