友達の紹介で、友達の友達と出会った。
友達は誰かを誰かに紹介することを生きがいにしていて、友達の友達は友達だなんてマンガみたいだな。と素直に思ったことは友達と会う度思い出す。
日本語は自分のセクシャリティを曖昧にできるけれど、三人称のセクシャリティを曖昧にできないから「友達の友達」で通す。
友達の友達は不思議な人だった。「不思議ちゃん」の類ではなく記憶に存在しないタイプの人間。何故この人を引き合わせたのか友達に訊いたところ
「知らない人って楽しいでしょ」
と素っ恍けられたので怖い人だと思った。
友達の友達は水商売で生計を立てていた。友達の友達曰く、一番収入が大きくなる合理的な選択なのだそうだ。わかりやすい説明に納得感はあるも、他の職業でも近しい金額を稼ぐことが出来るのではないか?尋ねたところ効率が悪いと一笑に付された。
効率!
絶望的な単語に慄くと同時に、合理的よりも効率の方が劇的に俗っぽいと感じる自分の感性の不思議さを見つけた。
なるほど。不思議と不思議は引き合うのか。
そうして友達は不思議な人を引き合わせるので、きっと今世界の不思議の中心にいるのは自分だと信じている。