海音寺ジョー/謎ワイン
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新青梅街道を新宿方面へバイクでひた走ってると、右手にY製パンの工場があり強烈なパンのにおいが漂ってくる。
これは小学生のころパン工場の見学に行って嗅いだにおいとまったく同じで、瞬時に過去の時間に放り出される。嗅覚は、脳の古い記憶を呼び起こすのか。
甘いような香ばしいような、このにおいは多幸感に満ち溢れていた子どもの頃を象徴するかのよう。長距離通勤はウンザリだが、このパンのにおいは、いい。
工場の隣にうち捨てられたような寂れた公園がある。ベンチの前で真っ赤な上着を着た男が両手に何か持って叫んでいる。
こんなことは初めてだ。なんだか気になって、ひっ返した。
公園にいたのはカーネルサンダースに似た白髭づらの浮浪者で、右手にはパンがぎっちりつまった袋を、左手にはラベルが凄まじく磨り減り、銘が読めない古いワインの瓶をぶら下げていた。
「参加費300円、参加費300円」と叫んでいる。おいおい、そのパンひょっとして工場からくすねてきたのかよ。うまそうな湯気がたってるじゃねえか。もうこうなったら仕事どころではない。ワラワラと集まってきた浮浪者
達と、パンとワインで晩餐会だ。そういや今日はクリスマスだ。みんなマイコップを持参してる。オレもヘルメットに注いでもらい、謎ワインで乾杯!
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評価/感想 
初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / 第91回競作「謎ワイン」 / 参加作
執筆年 
2009年?