よもぎ/壊れたメトロノーム
Last-modified: Tue, 08 Dec 2020 23:10:18 JST (911d)
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ピアノのふたを開けると、ホコリっぽい西日にカーテンが揺れた。ひとつ覚えのサテンドール。楽譜を見ながら弾いていると、ン・パン・ン・パンと手拍子の音がした。手を止めて振り向いた。見慣れない男子が微笑んで立っていた。「お上手ですね。どうぞ続けて」 優し気な瞳にそう言われて悪い気はしなかった。気のないふりをしながら、またピアノに向かう。彼は曲に合わせてオフ・ビートで手を叩いてくれた。弾むリズムにサテンドールが軽やかにスウィングする。ブルーノートが気持ちよくメロディを踊らせた。テーマを繰り返す手を止めることができず、いつまでもいつまでも私はピアノを弾き続け、弾き続け・・・。
気がつくと私は鍵盤に顔を伏せて気を失っていた。彼はいなかった。ピアノの端にそれがぽつんと置いてあるきりだった。手にとってゼンマイを巻く。針がゆっくり右から左に揺れて一度だけチンと鳴った。そしてもう二度と動かなかった。
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初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / MSGP2006 二回戦第4試合 参加作
執筆年 
2006年?
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