まつじ/指先アクロバティック16

Last-modified: Wed, 07 Apr 2021 23:33:46 JST (1281d)
Top > まつじ > 指先アクロバティック16

読む Edit

 俺は走った。走り出してすぐ、はたと止まる。宙返りができない。得意の宙返りができない。

 右手の人差し指と中指だけが、辛うじて、小さく、前後に動く。病室のベッドの上に男は寝ている。

 俺はまた走った。走り出してまたすぐ、はたと止まってしまう。どうしても、宙返りができない。得意の、ムーンサルト、後方二回宙返り一回ひねり。

 男の二本の指は、それを再現しようとするのだが、実際は震えながら、相変わらず、小さく動くだけ。ほんのわずか、微かに動くだけ。

 俺の、宙返りを、誰か見てくれ。

 男の体は動かない。親族か、恋人か、傍らにいる誰かが、男の指がほんの少し動くのを見ただけ。

 目の前に道化が現れて、人差し指と中指だけで綱渡りをしろなどと言う。突然、俺は綱渡りの台に立っていて、道化は耳元で囁いた。向こうまで辿り着いたら、また、宙返りが出来るようにしてやる。ロープの下は真っ暗で底が見えない。無茶を言うと思ったが、俺は道化に唆されるまま二本の指でロープに逆立ちになった途端にバランスを崩した。

 男の指が一瞬痙攣して、止まった。


 しばらくして、それからまた、ゆっくり、動きだした。

ジャンル Edit

サーカス運動

カテゴリ Edit

超短編/ヤ行

この話が含まれたまとめ Edit

すぐ読める

評価/感想 Edit

初出/概要 Edit

超短篇・500文字心臓 / 第46回競作「指先アクロバティック」 / 参加作

執筆年 Edit

2005年?

その他 Edit

Counter: 762, today: 1, yesterday: 0