まつじ/プラスティックロマンス
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今夜の月は大きくて、やけに明るい。
目の前の海はどこまでも広がり、ぞりぞりと波打っていて、僕はちょっとした岩の上でその様子を見ている。
昔の事を思い出した。
「いい夜だね。」
やっぱり月の鮮やかな晩に、瓦礫の散らばる浜辺で彼女は言った。
「海も、きれい。」
「そうかな、僕は少し、こわいけど。」
夜の光を映さない海面が、ぞりぞりと嫌な音を立てている。
「少しこわいくらいがいいのよ。」
彼女は揺れる波を眺めながら、小さく笑った。
僕は、自分が笑われたような気がして、言い訳をする。
「こんな海じゃなかったら、きっとこわくないと思う。」
「こんなって。」
「プラスチックの、海。」
ずっと昔に海はこんなふうになってしまったのだ、と大人たちに教わったのを思い出した。
「プラスティックのほうがいいよ。」
と彼女が呟く。
言葉の意味がよくわからないでいるうちにも、世界を埋め尽くすくらいの数のプラスチックの欠片は僕たちの前で蠢いた。
「そのほうがいい。」
そう言って遠くを見つめる彼女の手が、僕の指先に触れた。
海面が揺れる。
ひどく明るい月の下で、ぞりぞりと大きく盛り上がっていく海を、ふたりで見ていた。
今、僕はひとりきりでいる。
海がきれいだった。
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この話が含まれたまとめ 
評価/感想 
初出/概要 
超短篇・500文字の心臓 / 第56回競作「プラスティックロマンス」 / 参加作
執筆年 
2006年?